正月はメキシコ旅行(2008年末 & 2009年始)
2008年11月24日
正月の旅行はメキシコに決定。
12/21-1/2(13日間)でメキシコシティとカンクン間を見てきます。
遺跡が好きなので世界遺産のピラミッド中心にまわる予定。
最近は円高でメキシコのペソ通貨も2割引になっている模様。
エアチケットはちょっと高めの19万(サーチャージ6万弱を含む)でしたが接続も良い便ですしマイルも貯まるのでまあOKです。 コンチネンタル航空のヒューストン接続。
カンクンのハイアット・リージェンシー(Hyatt Regency Cancun )が1泊109USドルととても安かったので予約。オーシャンビューの部屋を取ることができました。高層ビルでオーシャンビューなので眺めが楽しみ。予約サイトによって値段がまちまちでしたが、値段を各種サイトで比べ、最終的にはHotels.comの英語版で予約。
でも、同じHotels.comであっても日本語版では値段が違いました。
ゲストルームが1泊18,152円
オーシャンビューが1泊20,300円
英語版ではゲストルームもオーシャンビューも両方同じ額の109USドル。
日本人が日本語でオーダーするとどれだけぼったくられるかがわかりますね。
ハイシーズンなのでこの値段ですが、閑散期には100USドルを切るようです。
他の宿は現地で探す予定。
メキシコは治安が心配ですが、もっと危険なペルーにもゆくゆくは行きたいと思っているのでここはまだ通過点のつもり。 でも、きっと何がしかトラブルがあるんだろうなあ・・・。 そんな予感がします。
盗まれてもいいように、一眼デジカメもずっと使い続けているものを持参。(逆かも? 新しい安いものを持参した方が?) 荷物は最小限に。強盗に襲われて全部盗まれても痛くないものを中心に持参物を選択中。日用品は現地でいくらでも買えるしね。服にしろ何にせよ。
水物が機内に持ち込めないので、古くなって捨てようと思っていた旅行用バッグを片道のつもりで持っていく予定。
最近は英語の勉強も少しずつ進んでいて、CNNもBBCも英語だけでなんとなく理解することができるようになっているので、現地で見るテレビも何とかなると思いたい。
スペイン語は全くダメなので現地人とのコミュニケーションには会話本を用意する予定。
ガイドブックは、Rough Guideという英語のものを用意。 それと、古い年度の地球の歩き方も持参。基本は前者で。英語の勉強にはもってこいですし、現地で日本人だと識別される目印が減ります。 地球の歩き方は特徴があって目立ちますからね。
Rough Guideはエジプトに行ったときも使いましたが、写真が少なくて文字中心。はっきり言って、日本人が行くような”短期間”の旅行であれば地球の歩き方で十分だと思ってますが、それでも、英語を使わざるを得ない環境に自身を置くことはたまに必要だと思ってます。
さて。年度末に向けて着々と準備中。
思えば、今年(2008年)は正月に台湾、GWにフィリピンのセブ、夏休みにタイのプーケット、年度末にメキシコと、いつもは年に1~2回なことを考えると頻度が多かった年でした。
今年の年末はメキシコで過ごすことにしました。
今までにも何度か計画を立てたことはあったが、航空券が多少高いことに加え、意外と滞在費も高いとのことで計画倒れになっていた。
最近はサーチャージが航空券の半額くらい上乗せになっているが、もろもろで家計の収支が良くなっていることと、日本円が強くなっているこの機会に決断した。休みが2週間取れたことも大きい。
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使用するのはコンチネンタル航空。私がメインでマイルを貯めているスカイチームのメンバーだ。今はマイルが2万ほど貯まっているので、もう数回遠出すれば無料航空券に手が届きそうな勢いである。
遠出するときに心配なのが時差ボケだが、素早く解消するため、出発前日は早めの夜7時に寝て、深夜の2時に起きた。前回はこの逆であるところの、遅くまで起きることにより時差ボケ解消を図ったが、どうやら早く寝る方法の方が体に負担がかからない感じだ。
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メキシコとは15時間の時差がある。15時間と考えてしまうとかなりの差だが、1日は24時間なので差は9時間だと考えると夕方に寝て夜中に起きさえすれば時差ボケ解消になるという魂胆だ。
実際、乗り継ぎ地のヒューストンおよびメキシコのカンクンに着いてみたが、なかなか体調もよくてびっくりである。
ところで、今、アメリカ北部とカナダで吹雪が猛威を振るっているらしい。スノーストームとCNNでは言っていたが、その関係で飛行機の出発が遅れ、結果として成田出発が1時間遅れ、ヒューストンも1時間遅れで到着した。
乗り継ぎに1時間もなく、間に合うか少しどきどきしていたが、アメリカ入国審査の列に並んでいる際に係員が乗り継ぎ便の案内をしてくれていたし、時間がない人は先に進ませていたので安心だった。聞いてみると、カンクン行きは出発が遅れるので心配ないという。ほっ。
アメリカ入国審査は相変わらず時間がかかるが、列をしばらく待った後、指紋を取られたり顔写真撮られたりして終了。
そしてカンクン行きは1時間半ほど遅れてヒューストン出発、カンクンには7時30分頃到着した。
そして、出た先で銀行の両替所があったが、まあUSドルがあるし何とかなるだろうと思って外に出る扉の少し手前にある円形のカウンターでシャトルタクシーのチケットを購入。ハイアット・リージェンシー・カンクンまでUS14$。高い気もするが、もはや覚悟の上だ。
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そしてホテル街を通ってハイアットへ。
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さすがに立派なホテル。
私の部屋は最上階である14階に用意されていた!
しかもオーシャンビュー!
しびれてしまいます。
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部屋の感じも良い。
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建物が球状に作られていて、とても洗練されている。
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天井は網目のように。
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部屋までは円状の廊下を通る。
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箱型ホテルより親しみを感じる。
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お腹はさほど空いていなかったがせっかくなのでガイドブックで気になっていた、目の前にあるグリルのお店、パロマ・ボニータに行くことにする。すぐそこなので治安の心配もいらないのがいいところだ。カンクンは安全だと聞いてはいるが、まだ初日で着いたばかりであるし、一応は注意する。
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中ではメキシカンな演奏も行われている。
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おしゃれな内装である。
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食事もなかなかおいしい。 350ペソに加えてチップが35ペソ、大体3000円くらいである。
お肉は厚くて立派だったが、メキシコにしてはかなり高い気もする。アメリカのアトランタで同じくらいの厚さのステーキ食べた時は1500円くらいだった気がするな。
ビーフフィレ(パンも付いている)280ペソ
コロナ・ビール 44ペソ
ミネラルウォーター 27ペソ
計351ペソ
チップを約10%として35ペソ渡したので386ペソ
1ペソを約8円とすると約3000円になる。ううむ。高いのか安いのか分からなくなってきた。ものにしてみれば高い気もするが、カンクンだからこんなものか? まあ、いい勉強になったのでこれはこれでいいとする。 たまには観光者向けのレストランに入ってみることも必要だ。
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そしてホテルに戻る前、ホテルの前にあったATMでクレジットカードを使ってキャッシングしようとしたがうまくいかない。表示で"ローカルなカードしか受け付けません"と出てくる。なんじゃこりゃ。夜だからか? ホテル前のスタッフに他のATMの場所を聞いたら少し離れたハードロックカフェのところにあるとのことなので、今日するのはあきらめ、明日することにする。 さっきのレストランもカード払いだったし、カンクンにいる間はUSドルとクレジットカードだけで何とかなりそうな雰囲気である。
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そして、ホテルに戻り、ホテルの前に広がっている中庭を見渡すと、写真では分かりづらいがとても落ち着いた景色がそこには広がっていた。
これはいい。
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明日はどこに行くか迷っていたが、ここでずっと過ごすのも悪くない。 買い物に行ったり、ビーチを回ったり、ここでぼっとしたりして明日は過ごそうと思う。
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12時に寝て、6時に起きた。
目覚ましもよく鳴り響いている。
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目の前には先日と違い、薄暗い青い海が広がっていた。
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目下に見える、違うホテルのプライベートビーチ。
このホテルのビルの先は海しか見えない。
こういうのも良いものだな。
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支度をし、朝食を食べようと思った矢先、ふと部屋に置いてある紙を見つける。そこには、朝6時半から9時までの間に飲み物をお持ちします、と書いてある。そんなことは聞いてないぞ? どうやら時間指定もできるようだ。 裏面には朝食の案内もある。
部屋で食べるのもいいが、ビュッフェで食べたいと思い、食堂がどこかレセプションに電話をする。すると、どうやらロビー前にあるようだ。部屋で食べたいか、それともレストランが良いか聞いてきたのでどうやら選べるらしい。
そして行ってみると、目の前に朝日が見える、なんとも豪華な方角。 これは魅了される。
そして係員の人に聞いてみると、どうやら私の場合、ここではなく部屋と同じ14階の違う部屋で食べることになっているようだ。 ここで食べるには別料金が必要らしい。 なるほど。
早速行ってみると7時からオープンするとのこと。あと10分。そして7時になるのを待ち、行ってみると、どうやら入り口が先ほどと違うようだ。分かりづらい。 さっき開いていたのは従業員用の入り口で、エレベータ近くの部屋が朝食の部屋のようだ。 同じような扉で、入り口には何も書いてないのに・・・。
入ってみると、こぢんまりとした部屋の中、ちょっとした朝食ビュッフェが用意されていた。 これはこれで中級ホテルの朝食といった趣だが、先ほどフロント前の豪華な朝食ビュッフェを見てしまうとかなり見劣りしてしまう。 選べる内容も全然少ないし、景色は朝日も見えず、ちょっとごちゃごちゃした海岸線が目の前に見えるだけだ。
こちら側の窓から見ると、思いのほか建物が混雑している。 と、言うことは、取る部屋によってかなり景色が違いそうだな。
そんなこんなで朝食を済ませる。
そして、何かする・・・ という訳でもなく、今日はゆっくりと過ごす。というのも、今日は時差ボケ解消と1年の疲れを取って明日からの日程に備える日にしたのだ。
先日到着したときは120キロ南にあるシカレやシェルハやトゥルム遺跡に行こうかとも急遽思ったが、既に夜遅いし、ホテル前の中庭がとてもゆっくりできそうだったので、やはり予定通りここカンクンでゆっくりすることにしました。 慌てなくても、明日からは観光続きの慌ただしい日々になるのだろうから。
まだ各種ショップが開くには時間があるので、9時半まで部屋でゆっくりする。
明るくなるにつれて景色も良くなってきた。
ソファーを移動させて、窓を開けて外を見ながら体を休める。
そして体を起こして外へ。
まず中庭に出て、そこで再度横になる。
日が出ていないせいか、まだ朝方なせいか、少し肌寒い。これは予想していなかった。早朝ならばともかく、もう10時になろうとしているのに風がわずかに肌寒い。 日が当たっているときは強烈な日差しで一気にぽかぽかしてくるのだが、今は少し曇っているので、かなりの時間、その肌寒い状態が続くことになる。
30分ほどゆっくりしただろうか、やがて外に出て歩こうと思った。
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外に出る前、ホテルの中庭に立ち寄った。
ここは落ち着けそうだ・・・。
帰ってきたらここでゆっくりしようと思う。
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ホテルの中庭。
海側にビーチはなくて、リクライニングシートのみだった。
内側に、プールもあった。
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海側の景色。
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ホテルがずらっと並んでいるのが見える。
そして、とりあえず、ホテルの外に出た。
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特に行くあてもないが、近くに広がっているショップに立ち寄ることにする。
行く途中に、ツアーを募集している旅行代理店の出店のようなものがたくさんある。 そういえば、ガイドブックに次のような話が載っていたことを思い出した。 ここでチェチェンツアーを頼んだらとても安く頼めたのはいいものの、遺跡は30分くらいでホテルのタイムシェアの勧誘に時間が取られたとか。
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私はそもそもツアーを頼むつもりはなく、片道バス切符が欲しいだけなので聞いてみると、そこでは扱っていないという。 セントロ(ダウンタウン)のバスステーションで買うようだ。
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少し歩き、ハードロックカフェの前まで来た。先日この前をシャトルで通り過ぎたとき、夜だったのだがかなり賑やかだった。 今は朝方なのでさすがに人も少ない。
この中にATMがあるようなので入ってみる。HSBCのATMで、セゾン・アメックスのカードは"現在一時的に使用できません"とエラーになったが、セゾンのマスターカードは無事使えた。 ほっ。 2つ持ってきていてよかった。 これでようやく現地通貨を手に入れることができた。 1000ペソの他に手数料が7ペソ近く取られるようだ。
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そしてこのショッピングモールおよびその近くの小さな店舗が集まっているモールを散策する。
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ここは、観光地でよく見かけるようなお土産物屋がたくさん集まっているところだ。今何か買うと荷物が増えてしょうがないので何も買わずに通過する。特に欲しいと思うものもなかったので特に後悔はない。
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そこを出て、今度はダウンタウン方向に少し歩くことにしました。
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少し歩いていると、ふと、まさに買おうとしていたADO社の看板を見つけた。
これはと思い、中に入ってみる。
しかし、どうやらもうここにオフィスはないようで、やはりセントロ(ダウンタウン)のバスステーションに行かなくてはならないようだ。
うむ。 看板はあるのだが・・・。
まあ、しょうがない。明日買うか。
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もう少し歩き、店をいくつか見回る。それにしても高い。天然系素材のシャツが500ペソ(約4000円)って一体・・・。 日本で買うのと同じくらいするのではないか? 平凡なシャツであればUS10$前後ですが、生地が堅そうで質が良いわけではない。いたって普通のシャツ。それならばここで買う必要もない。
お土産もたくさん売っていたが、どうも私には惹かれる物がない。うーむ。まだメキシコに来て日が浅いせいだろうか。 まあ、無理して買うこともないのでざっと見て店を後にする。 シャツはあまり持ってきていないので途中で買うつもりだったが、今後どこかで買うときの最高価格がわかったのは良かったかもしれない。
それにしても、日本円はインフレしていないので、年に10%インフレするようなメキシコのような国は、年々旅行しづらくなる気がする。今年はまだ急激な円高が進んだからいいようなもの。
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そして、そんなことを思いつつホテルに戻る。
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| ハイアット・リージェンシー・カンクン |
まずネットでメールチェックしようと思い、15分20ペソでチケットを買う。日本語は一応表示できるようだ。入力は試さなかったが、今日のところは見られれば十分。
そして、また中庭に行って横になる。
今朝と違って、かなり強烈な日差しだ。 とは言っても、雲が来れば一気に肌寒くなる。極端な天候。
ホテルに付属している THE GRILL というレストランで食事をしようかとも思ったが、お腹がまったく空いていないのでそのままお昼寝モードに変更する。
最初は中庭で。 しかし、やがてはホテルの中のソファーに移って横になる。 後ろからいい温度になったエアコンの風が流れ込むのが良い感じだ。
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お昼寝している間、なにやらこのような飛行機が飛んできた。
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ハード・ロック・カフェの宣伝らしい。
" YOU KNOW WHERE YOU GO! " とは、”当然、君はどこに行くか知ってるだろ?” みたいな粋な表現。
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そして、そこで4時くらいまでうとうとする。 目の前はずっと広がるビーチ、自分は建物の中。 ビーチまでちょっと遠いといえばそうだが、建物の中の方が断然快適なので、私にとってはこのポジションが最適のようだ。 とても良い感じで、4時間があっと言う間に過ぎた。 うとうとしていたので、かなりの時間は寝ていたのかもしれない。
そして一度部屋に戻る。
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明日の準備をし、6時少し過ぎにホテルのレストラン THE GRILL で食べる。
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従業員のウェルカム。
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まあまあな味。
でも、アメリカでよく食べた1500円ステーキとやはり同じクォリティ。
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ここではドス・エキスXXというビールを頼んだ。
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席からはカンクンの夜景を眺めることができる。
牛ステーキとドス・エキスXX というビールを1本頼んで270ペソ。それにチップの27ペソを足して297ペソ。約2400円である。ホテルのレストランにしてはリーズナブルかな。
品物だけを見るとちょっと高いが、場所代が入るとこのくらいか。
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中庭で少しゆっくりし、その後、シャワーを浴び、さっぱりする。
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そして10時過ぎになり、生演奏が聞ける近くのバー、アスカルに行く。
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ハードロックカフェ周辺にもディスコや生演奏バーがあるようだが、ガイドブックによるとここアスカルは客層が良いらしい。 私は騒がしいのが好きではないので、客層が良い方がいい。多少は高くつくだろうが、まあ、たまにはいい。場所がハイアット・リージェンシー・カンクン(ハイアット・カリブとは別)のすぐそこにあるというのもよい。
着いてみると、やはりまだやっていないようだ。ガイドブックでは11時からということであったが、スタッフが言うには11時20分から開始するとのことだ。まだ1時間近くあるが、戻ってもやることがないのでそのまま入ることにする。
入ってはみたものの、中は、人がガラガラだった。 コロナ・ビールを頼んで、前のスクリーンで流れているPVをぼおっと眺める。
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そんなとき、ふと横から2組のカップルがダンスをするために前の開いているスペースに出てきた。 どうやらここのダンスは、ダンスはダンスでも社交ダンスのようだ。 私はてっきりクラブやディスコのダンスだと思っていたので、社交ダンスときてガイドブックに"上品"と書いてあるのも納得だ。
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それにしても人が少ない。
結局、11時20分になってももう数組増えただけだった。
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そしてライブが始まる。 ノリが微妙? とは言っても、私が中米ラテンのノリに慣れていないだけかもしれない。
微妙にテンポをずらして体をゆらすボーカルたち?
そういうのが特徴なのかな・・・。 わからん・・・。
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調子が途中で変わるのかな・・・ と思ったが、ずっと同じようなノリだった。
ふむ・・・。
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目の前のカップルは、オトコが一生懸命に女を誘ってダンスを楽しんでいる。
女の方は、最初は恥ずかしがっていたものの、一旦踊りだすと結構うまい。
ダンスが出来るようになっておくのも悪くないものだなとこの時思った・・・。
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そして、なんだかんだでずっと居残ってしまい、1時過ぎまでぼおっとしていた。途中12時から12時20分まで休憩だったのだが、ついついずっと聞いてしまった。 うーむ。 それでもまだこのノリに慣れないな・・・。
そしてライブも終わったので会計しようとしたが、妙にモタモタしていて15分以上待たされた。 なんじゃこりゃ。 いくらなんでも手際悪すぎるぞ。 いくらここがメキシコで、素早い動作を期待してはいけないとは言っても、15分は遅いだろう・・・。
そんなこんなでホテルに戻り、遅い睡眠に入る。
明日はカンクンのダウンタウンからADO社の1等バスに乗ってチチェン・イツァーに向かい、更に同日中にメリダまで移動しようと思う。
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カンクン・ホテルエリア~バスステーション、チチェン・イツァー遺跡、メリダ宿、サンティアゴ教会ダンスパーティー
カンクン・ホテルエリア~ダウンタウンのバスステーション
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今日は、前日が遅い就寝だったにも関わらず目覚めがよかった。
何度も昼寝をしていたから眠気もあまりなかったのかもしれない。
支度をし、朝食が済んだらすぐにでも出かけられるようにし、先日と同じ14階フロアの看板のない部屋の中で朝食を食べる。
ノックしても開かなかったので試しに自分の部屋のカードキーを差し込んでみたらあっさり開いた。
ふむ。そういうものか。
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そして1階のレストランとは景色も内容もグレードが違う朝食を、最後のゆっくりする機会だと思いつつのんびり楽しんだ後、チェックアウトする。
部屋には、捨てるつもりだったボロのケースを置きっぱなしにし、リュック+肩掛けバッグのコンパクトな形で外に出る。 いろいろ悩んだが、やはりこのリュックは腰がきちんと固定できるので楽だ。それに加え、カメラは度々出し入れするので肩掛けバッグに入れることにしました。 エジプトのときは同じリュックだけ持っていたのだが、カメラを撮るたびにリュックをあけなくてはならず、かなり面倒な思いをした。 今回、リュックと肩掛けバッグの2つにしたことにより、かなり楽になった。 次もこれで行く可能性が高まってきた。
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そんなこんなで、ADO社の1等バスに乗るためダウンタウンに向かう。 聞くところによるとタクシーだと150ペソ(約1200円)だが、R1というルートのバスで行くと6.5ペソ(約50円)だという。 数倍の差であればタクシーを使いたいところですが、この法外なお金を出してしまうのは現地住民に馬鹿にされそうな予感もするので、ここはバスで行くことにする。 まあ、たった1200円とは言えばそうだが・・・。
ホテルを出て、バス停までとことこ歩く。バス停は道の脇にバスの止まるスペースがあるだけで、時刻表が何かあるわけでもない。 他のところでバス停の看板が出ていたところはあったが、ここにはない。 地図には印があるのでそれを確かめることと、道の形からきっとここだということを確かめるしかない。 とは言っても、そこでバスを待っていると思われる現地の人に聞いてみると、たしかにそこはバス停だという。
そんなことを聞いていると、いきなり目的のR1バスがやってきた。早い。 本数が多いのか、或いは運が良いのか。 きっと両方だろう。
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そんなこんなで、R1バスでダウンタウンに向かう。
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ホテルエリアは本当に綺麗だ。
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ただ、この、乗っているバス自体はそれほど新しくはないが。
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ずっと直進だったが右に大きく曲がったとき、そこがガイドブックに出ていた、ホテル街方面とバスターミナルの方面とで唯一曲がる交差点だということは容易に予想できた。 思いのほかシンプルでわかりやすい。
前方左側にバスターミナルがあるかな・・・ と思ってそちら方向を見ていると、きちんとADOと社名の表示が出ていた。 裏にはバスターミナルらしき物も見える。ここで間違いない。 ただ、バスはバスターミナルには入らなかったので、その横の大通りで降りた。 他の人も一緒に降りたが、降りる前に運転手に近づいて何か言っていたので、何も言わずともここで止まるのか、或いは他の人が止まってくれるよう言ったからここで止まったのかはわからない。 まあ、ともかく、ここまで来れば多少通り過ぎても問題ないところであるし、道も明らかであるから大事には至らないと思った。 そんな予想はともかく、無事、バスターミナル前で降りて切符を買いに向かう。
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ADOのチケット売場はとてもわかりやすかった。スタッフもきちんと英語を喋れるのでスムーズにチケット購入できた。 ふと見ると、どうやら空席は残り5~6だったのでもう少し遅く来ていたならば2等バスで行くはめになっていたかもしれない。今は8時少し過ぎだが、1時間前でぎりぎりだったとうことか。 ついでに帰りの、チチェン・イツァーからメリダまでのバスも予約する。14時10分と17時10分の2つがあったが、後者を選ぶ。すると、こちらも空席が5~6である。危なかった。 チチェン・イツァーの滞在がこんなに長くて暇にならないかどうかが心配ですが、早くメリダに行っても大してすることもないのでこの予定とした。 唯一心配があるとすれば、メリダに暗くなってから着くということで、できれば明るいうちに着きたいのですが、まあ、今回ばかりは仕方がない。
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そしてバスターミナルに置いてあったATMでもう少しお金を下ろしておく。再度HSBCを使ったが、やはりセゾン・アメックスが"一時的に使用できません"になっている。 うーむ。カンクンのホテル街だけでなくダウンタウンでも同じになるとは。少なくともATM単体の問題ではないな、きっと。
そして時間を待ち、バスに乗り込む。 最初はバッグを荷物入れに入れようと思ったが、どうやら席の上にも置き場所があるので中に入れることにしました。 中はクーラーが強く効いていて少し肌寒いが、ぎりぎりそのままでOKなくらいだ。
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チチェン・イツァー遺跡
そして、カンクンからチチェン・イツァーまでバスは走る。
それにしても真っ直ぐな道で、景色もほとんど変わらない。
ジャングルというか低木の地帯を道路がこれでもかというほどずっと走っている。 これがガイドブックに書いてあった、"1等が通る快適な高速道路"というわけだ。2等だとここを通らず各町を通る・・・。 それはそれは疲れるだろう、きっと。 2等は強盗が乗り込んでくることもあるというが、こんな有名でメジャーなルートであっても強盗が乗ってくるのかはわからないが。
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そして、バスはずっと走り続け、12時少し前にようやくチチェン・イツァーに到着した。予定3時間に対し、少し早く着いた計算だ。
そして中に入ろうと思ったが・・・。チケットを買う列が長く長く続いていて、結局チケットを買うために30分近く並んでしまった。 なんじゃこりゃ。
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チケットを買った後、まず荷物を預けることにする。これは無料のようだ。 そして、帰りのバスまではかなり時間があるため、そのまま急いで見に行くのではなく、まずレストランで食事をすることにしました。
食事を取りながら、今後の日程の計画も練る。
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とそこで、ふと目の前でダンスをし出すパフォーマーたち。音楽にノリながらいい足ステップを打ち、頭にビールを乗せたりしながらお客を楽しませている。
食べながら見ていたが、最後にチップをお願いする帽子を持って席まで来た。(苦笑)
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そしてゆっくりできた後、いよいよ中に入る。
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チチェン・イツァーは"泉のほとり"のイツァー人という意味で、ユカタン半島最大のセノテ(聖なる泉)なのだとか。 遺跡には2つの時代のものがあり、6世紀頃のマヤ古典期が"旧"チチェン・イツァーで、10世紀以降にトルテカ文明と融合したものが"新"チチェン・イツァー遺跡になっているとのことだ。 保存状態が良い物は基本的に後者で、ここ最大のピラミッドであるエスカスティージョ(ククルカン神殿)も"新"チチェン・イツァーのようだ。
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このエスカスティージョ(ククルカン神殿)は、少し前まで登れたのだが、噂では誰かが落ちて死んだ後から登れなくなったのだとか。 それだけでなく、階段の状態も表はともかく裏や側面は崩れ落ちてきているので安全性に問題が出てきたのかもしれない。もちろん、遺跡の保存が最優先であることは言うまでもない。 とは言っても、ちょっと前まで登れたのに登れないのはちょっと寂しいものがある。
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登坂禁止の看板
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登坂禁止の階段。
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旅行していて思うのは、"形"はガイドブックなどの写真でわかるが、"大きさ"はなかなか写真ではわからない、ということ。 実際にこれを見てみると、私の主観では"思いのほか小さいな"と思った。 それと、建造物として見たときに"荒"が目立つ印象である。 エジプトのギザピラミッドのように寸分違わずビシっと並ぶ、という感じではない。 エジプトのピラミッドの中にも、"初期に建てられたピラミッド"がいくつかあるが、ここエルカスティージョ(ククルカン神殿)はそのような、エジプトで初期に建てられたピラミッドとクォリティは類似しているような印象を受けた。
もうちょっと凄いクォリティを期待していたのだが、ちょっとがっかり。 周囲で売られているお土産屋の露天に並べられている商品も、手堀なのはわかるが、いかんせんクォリティが低い。 もうちょっとクォリティ上げてくれないと触手が伸びない。
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そんなこんなでエルカスティージョ(ククルカン神殿)を横切り、まず北ゾーンの”ジャガーと鷹の台座”に立ち寄る。
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そして、そのすぐ近くにあるツォンパントリ(頭蓋骨の城)も見てみる。
ここは、生け贄の頭蓋骨を大衆にさらす場所だとか・・・。 おいおい・・・。
マヤの文化ではなく中央高原のトルテカ文明のものだとか。
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その後、すぐ近くにある球戯場に向かう。
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この球戯場は、手は使わず足や上腕で壁上方に備え付けられた輪の中に通すものらしい。
そしてびっくりなのが、この勝者が生け贄になるということ。 それと、この会場は上方が狭まる壁の作りになっていて、手を叩くととても響くのだとか。 確かにそう感じるものがあった。
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それにしても、勝者を生け贄にしていたら人材が育たなくなってしまいそうだが・・・。
写真左上に小さく見えるのが ”輪”。
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そして、球戯場を見終わった後、あまりの混雑と時間の流れの遅さに気付いたので、芝生の上でしばし昼寝をすることにしました。 天気は曇りなので暑すぎることもない。
そして横になり、うとうとしていた・・・。 しばらく曇りだったようで、2時過ぎに太陽の光が出てくるまでそのままゆっくりしていた。
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太陽の光が出たら、それはそれで暑すぎるので日陰へ待避。
待避してもそこでまた寝るような芝生はないので、ちょっと座って休んだ後、次のところを見にいくことにする。
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次は金星の台座を横切り、戦士の神殿を見に行く。
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戦士の神殿。
確かに、戦士と言われればそうかもしれない。
「千本柱の神殿」とも呼ばれているようだ。
昔はこの中にも入れたようだが、今は入れない。
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ずらっと並ぶ石柱の横を歩く。
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ここで、私はひとつ勘違いをしていた。 このチチェン・イツァーの名前の由来であるセノテ(聖なる泉)を、地図の中間にあるセノテ・シトロクであると勘違いをしたのだ。そして、肝心の聖なる泉セノテを見逃してしまった。 こんな失敗は久々である。 うーむ。 やってしまった。 その日の夜に地図を見ていて気が付いた。 ガイドツアーでは絶対にない間違いである。
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くよくよしても仕方がない。 写真で見る限りは単なる草ボウボウの中の水たまりといった雰囲気だが、何事も自分の目で見てみないとわからないものだ。 次来る機会があるかわからないが、さすがにこれだけのために来たりはしないだろうな。 数十年後に復旧の進んだピラミッドを見に来るのは手かもしれないが。
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そんなこんなでセノテを通り過ぎ、戦士の神殿へ。
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横には、まだ ”千本柱の間” が続いている。
昔はこの柱の上に茅葺きの屋根がずっと広がっていたのかな? と想像する。 ここに来る途中の道ばたにも多くの茅葺きの家があったことだし。
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茅葺の家を支える支柱、と考えると想像が広がる。
テレビで見た インカ・マヤ文明特集 でも、このような柱の上には茅葺の屋根が乗ると言っていた記憶がある。
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そして球戯場およびスチームバスを見た後、市場跡に向かう。
ここの柱は他と比べかなり高い。
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高い柱の上にも茅葺の屋根が乗っていたのだろうか。
そして、一度エルカスティージョ(ククルカン神殿)の近くに戻った後、今度は"旧"チチェン・イツァー方面に向かう。
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途中の道端には、多くのおみやげ物屋がある。
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面白そうなものもあるが、今買ってしまうと重くて大変なので見送った。
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"旧"チチェン・イツァー方面に向かう途中、エルカスティージョ(ククルカン神殿)を横切るが、こちら側から見るエルカスティージョ(ククルカン神殿)は階段がかなりぼろぼろなのがわかる。
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これだけぼろぼろなのであれば、登坂禁止になるのも頷ける。
どうやら、入り口側のみ綺麗に修復されていたようだ。
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そして、"旧"チチェン・イツァーのエリアにて ”高層の墳墓” に立ち寄る。
写真を撮っていると、横に立ち止まったガイドが次のように言っていた。"私が子供の頃は、本当にぼろぼろでした。5年前がこの写真です(と言って写真を見せた)。そして現在がこれ(目の前の姿)。びっくりするでしょう?"と言い、更には、復旧活動が進んでいるさまを説明していた。
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なるほど。 写真は本当にぼろぼろだし、それに、復旧されているとは言え、手前の階段と比べ、横の階段はぼろぼろのままだ。
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| 横の階段 |
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ここに来て思った私の第一印象としてはピラミッドに登れなくなって残念だというものだったが、こうして少しずつ復旧が進むのであれば、登れなくなっても仕方がないなと思い始めた。 ピラミッドを登ることより、復旧が済んだ形で綺麗なピラミッドを見てみたい気持ちの方が勝る。
ガイドの話を横耳で聞きつつ、なるほどなあと頷いた。 復旧がかなり進んだらまた来てみたいものだ。 その時もピラミッドに登れなくてOKだ。
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そして赤い家と呼ばれる建物を越えてカラコル(天文台)へ。
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| 赤い家 |
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カラコル(天文台)は、まさにそれっぽい建物だ。
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近代的な天文台にとてもよく似ている。
凄いものだ。
その周囲には、尼僧院と呼ばれている、実際は何かわからない建物などもあった。
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そしてカラコル(天文台)を後にする。
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その後、もともと聖なる泉セノテだと勘違いをしていたセノテ・シトロクを見るため横道にそれる。
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チチェン・イツァーの名前の由来は"泉のほとり"のイツァー人とのことだが、そのセノテ・シトロは泉とは言い難い、崖のずっと下にある沼のようなおっかないものだった。
覗き込むと、随分と深くて暗い。 ちょっと怖いくらいだ。
この日の夜まで、ここが名前の由来の泉だと思っていた。
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そして、エスカスティージョ(ククルカン神殿)の近くに戻る。
まだ3時だ。バスまでは2時間もある。 外に出ても仕方がないので、エスカスティージョ(ククルカン神殿)が見える場所で腰掛けに座り、時間が経つまでぼおっとピラミッドを眺めていることにしました。
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思いのほか時間は早く流れるもので、ピラミッドをずっと眺めていると、次第に1時間、1時間半と時間が流れた。
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時間が経つにつれ、人もまばらになってゆく。
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座って周囲を観察していると、木々には多くの鳥が止まっていることにも気づく。
そして、外へ。
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いよいよバスに乗ってメリダに向かう。ADO社の1等バスだ。
走り出した後、しばらくすると周囲は真っ暗になった。 席の横窓からは明かりもほとんど見えない暗闇の中を、バスはジャングルの影だけ横に見て進んで行く。
<div align="Left"><H2 align="Left">
メリダ宿泊 & サンティアゴ教会ダンスパーティー
そして2時間後。メリダに到着。
1等社のターミナルに到着したので、近くにある2等社のターミナルに向かう。目的は、ウシュマル・ラブナ・シュラパック・サイル・カバーを全てまわる周遊券、ATS社のTour a la Ruta Puuc を買うためだ。
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ターミナルはすぐに見つかり、券も簡単に手に入る。 値段表にはただ単に"Ruta Puuc"とだけ書いてある。空席も沢山あるようだ。
これで明日の準備は整ったので、いよいよ宿を探すことにする。
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駅前はうるさいので少し離れたところがよいと思い、少し歩いて落ち着いた宿を探す。
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駅前はまだ良いが、やはり暗い街は好きではない。
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どうやら危険はあまりなさそうだが・・・。
それでも、気をつけながら道を歩く。
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そして、しばらく歩いた先にあった Casa Bowen というホテルに決める。1泊180ペソ(約1450円)を2泊。 部屋をまず見せてくれと言った後、最初は道路沿いの2階の部屋に案内されたが車の音が五月蠅いということで他の部屋に変えてもらい、次は奥まった、暗い廊下と暗い階段を通った先にある静かで不気味な部屋に案内されたが、通路と廊下が危険だからこの部屋は嫌だと伝えて、別棟ではなく本棟の2階の、道路から少し離れた部屋に最終的に決めた。 スタッフが言うには、ここは1泊200ペソだということであったが、ディスカウントをお願いしたら180ペソにしてくれた。 うむ。 いろいろ部屋に注文を付けてみたが、最終的には部屋も値段もいいところに落ち着いたようだ。 日本人にしては注文を付ける方だったかもしれない。
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そして、軽くシャワーを浴びた後、近くにあるサンティアゴ教会にダンスおよびライブを見に行く。 食事もまだ取っていないのでそのついでだ。
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通りを少し歩き、サンティアゴ教会に無事到着。 町が升目に出来ていて、それぞれに通りの名前がしっかりと入っているので地図さえあればまず迷うことがない。 なかなかいい町の作りをしていると思った。
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サンティアゴ教会ではかなりの人がダンスを踊っていた。
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なかなかに盛り上がっている。
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少し見学した後、私は食事を食べることにしました。
そこにある食堂で食べたが、焼き肉とパンが35ペソ(約280円)、コーラ・ライトが10ペソ(約80円)と、かなりの良心的な値段設定だった。 きっとこのくらいの価格が一般庶民の値段感覚なのであろう。
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そのすぐ近くでホットドッグも食べた。
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まあまあだ。
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上から2番目の、MAXI HOT DOG というもの。
8ペソ(約60円)だ。
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そしてその近くにスーパーがあったので、小型石鹸や飲み物を買った後、更にダンスとライブ演奏を見る。 そして、10時でパーティーが解散したのを見計らって私もホテルに戻った。
さて。明日は遺跡ツアーだ。
チチェン・イツァーほどの規模は期待していないものの、テンポよくいろいろ見られればと思う。
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メリダのTour a la Ruta Puucツアー、ラブナ、シュラパック、サイル、カバー、ウシュマル、ユカタン人類学博物館、メリダのソカロ
メリダのTour a la Ruta Puucツアー
朝、目覚ましが鳴る数分前に起床。
なかなか良い目覚めだ。
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今回の為に電波受信機能付の世界時計を新たに買ったのだが、出かける直前に100円ショップでそれより少しだけ軽いアラームクロックを見つけ、急遽それに入れ替えてきたのだが、実はこれが失敗だった。
アラームの大きさは確かめていたのだが、アラームがどれだけ長く持続して鳴り続けるかまでは確かめていなかった。 なんと、30秒で勝手に切れ、再度鳴ることはない。 やられた。 スヌーズ機能付と書いてあった筈なので、私の設定が悪いだけかもしれない。
それはともかく、無事起きられたのでとりあえず今日はよしとする。明日から何か考えなくては。
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支度をして、7時すぎに宿を出る。
まだ明け方なので人通りや車の通りも少ない。
遺跡周遊ツアーは8時出発なので、その前にカンペチェ行き1等バスの空き状況を確かめに隣のターミナルへ行く。するとわかったことだが、どうやらカンペチェには30分おきに出発しているようだ。空きも沢山あるので予約する必要がないように思えた。時間が30分は前後することも考えられるし、切符は当日買うことにして2等ターミナルへと戻った。
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朝食を食べていないのでどうしようかと思い、1等ターミナルと2等ターミナルの間にあった食堂のようなところを覗いてみたが、何が食べられるのかよくわからない。(苦笑)
結局、2等ターミナル横にあった売店で売っていた、サブウェイで食べるような具入りの分厚いパンを一つ食べた。思いのほか量がある。
そしてATMでお金を少し下ろしておく。ここでもセゾン・アメックスを試したがまたしても"現在は使用になれません"と跳ね返されてしまった。見慣れないATMだが、セゾン・マスターカードを試したが問題なくキャッシングできた。ううむ。 いつもセゾン・アメックスで各国うまく引き出せていたのに、ここメキシコではあまり対応していないのか? 提携の関係がよくわからないが、やはりアメックスのマークがないと使えないのか。 アメリカのすぐ隣なのに・・・。 2枚持っていて本当によかった。 セゾン・アメックス1枚だったらドル札が切れた瞬間に途方に暮れていたところだ。 幸いここメリダにはアメックスオフィスがあるようなので、いざとなればそこに駆け込んでいたであろうが。
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そして時間が来たので、周遊バス"Tour a la Ruta Puuc"に乗り込む。
順番としてはラブナ、シュラパック、サイル、カバー、ウシュマルと寄っていくようだ。
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このバスですが、最前列の席が取れたので眺めが良い。
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街中を抜け、次第に郊外へと出てゆく。
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少しずつスピードも上がってゆく。
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遥か先までまっすぐな道に出た。
さすがはメキシコだ。
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<div align="Left">
<H2 align="Left">ラブナ、シュラパック、サイル、カバー </H2>
</div>
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遙か先まで真っ直ぐな道が多くある。
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周囲は低木に囲まれており、ジャングルを切り開いたということがよくわかる。
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しばらく走り、途中、小さな町に立ち寄った。
ツアーの人だけかと思っていたら、現地の人らしき人も乗せている。
これが2等バスというものか。
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細い道に入り、眺めの良いところに出た。
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どうやらこのバス、ウシュマル行きの2等バスも兼ねているようで、一旦ウシュマルで停車する。そこでかなりの人が降りるが、周遊切符で回る人はそこでは降りず、ラブナから順番に回っていくことになる。 ガイドブックには"ウシュマルで降りてしまう人も多い"とだけ書いてあり何故降りるのか不明であったが、どうやら間違いで降りてしまうのではなく、みんな(たぶん)適切に降りているようだ。
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そして、ジャングルの中をひた走ってゆく。
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深いジャングル。
雰囲気のある道だ。
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ラブナ(Labna)
そして、まずラブナ(Labna)へ。
シュラパックから4km北東。
疑似アーチArcoがある巨大な門。
展望台 El Mirador
王宮 El Palacio
などがある。
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ラブナの遺跡まで歩いてゆく。
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ここの景色は、映画ラピュタの景色を彷彿とさせる、ロマンを感じる風景だ。
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広がった青い空
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そして、落ち着いた遺跡。
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状態もかなり良いように感じる。
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なにより、落ち着いて見れるのがよい。
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チチェン・イツァーの規模とは比べものにならないが、こちらの方が遙かなロマンを感じる。
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登坂禁止となっていたのだが、気付かないのか、或いは意図的か、カメラマンと思われる重装備の男がスタスタと丘を駆け上がっていった・・・。
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この、落ち着いた雰囲気がよい。
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不思議な石がある。
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そして、戻ってゆく。
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素朴ではあるが、今日立ち寄った遺跡の中で一番いい印象だった。
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そしてバスに乗り込み、次の遺跡へ。
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次はシュラパック(Xlapak)へ。
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サイルから6km東。
小さな王宮が残っている。
ここは入場料を取られなくて、単にサインするだけで入れてくれた。
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確かに、お金を取るにはちょっと規模が小さいかもしれない・・・。
ここだけかと思っていましたが、横道から更に奥に進むことができるようだ。
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道は案外長くて、しばらく歩く必要があった。
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しばらく歩くと、他の建物が。
状態はあまりよくないか。
その先まで歩き、戻ることにする。
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これは、未修復の瓦礫の山か。
ううむ。
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そして、ジャングルの中をバスに戻ってゆく。
時間が割とギリギリで、急いで戻った。
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サイル(Sayil)
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次はサイル(Sayil)へ。
カバーより5km南。
王宮 El Palacio
南の外れにある展望台 El Mirador
などがある。
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石に何か彫り物がしてある。
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ここもまたほのぼのとした遺跡。
これが王宮 El Palacioか。
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やはりラピュタのイメージがある。
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遺跡の周囲を散歩する。
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彫り物が美しい。
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階段がぼろぼろになっているのが見える。
さすがに年月が経っている。
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壁が綺麗に並んでいる。
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この綺麗さは、さすがに修復したのか?
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再度全体を見直す。
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ほのぼのと、全体を眺める。
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人も少なく、天気もよく、本当によい遺跡見学日和だ。
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ここはこの遺跡だけでなく、奥へと続く通路もあったので行ってみることに。
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奥には、何やら丘の上の建物が。
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これが、南の外れにある展望台 El Miradorという遺跡か。
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その先には、何やら石版が置かれていた。
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何かのシンボルだろうか。
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ここは通路が長く、とてつもなく疲れた。
時計を見ながら進むが、急いでまわってぎりぎりだった。
体力的にきつい。
この時点で、かなりバタンキューとなっていた。
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カバー(Kabah)
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次はカバー(Kabah)
ここは、メリダ発のウシュマル遺跡ツアーでも一緒に回るところらしい。
ウシュマルの23km南東。
ウシュマルの姉妹都市だとか。
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確かによくできた遺跡だが、ここを回る頃には、本当にバタンキューになっていた。
何か食べないときつい。
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ここに来る直前、バスの中でコーラを空けたら泡が吹いてきたことに気付くのが遅れ、ズボンを濡らしてしまった。
すぐに反応できないほどフラフラだったようだ。
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あまり元気がないが、力を振り絞って遺跡をまわる。
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おなかが空いた・・・。
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ウシュマルのツアーに組み込まれるとだけあって、遺跡の規模はさすがに大きい。
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装飾が立派だ。
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とても立体的。
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ふと、トカゲを見かけた。
さすがはジャングル。
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遠くからカバーを眺める。
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立体的に連なっている。
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ふと見ると、壁に石像が。
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とても立体的。
ラピュタのロボットのように、まるで今すぐにでも動き出しそうだ。
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そして、下を見下ろす。
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いよいよ一番奥の建物を見る。
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周囲にはジャングルが広がっている。
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ふらふらではあったが、一番奥の建物も見て、悔いはなくなった。
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そしていよいよウシュマル(Uxmal)へ。
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ウシュマル(Uxmal)
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いよいよウシュマルにやって来たが、中を見たい気持ちより、早くお昼を食べたい気持ちが勝っていた。
遺跡よりも食い気である。
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中で食べようと思い、入場口横のレストランでサンドイッチをテイクアウトにしてもらったが、いざ入ろうとしたら食べ物は持ち込めないと言われてしまい、結局レストランで食べた。 ううむ。 まあ、そりゃそうか。 そんなことに気が回らぬほどフラフラだったのも確かであるが。
注文して、食べて、と20分ほど費やしてしまったが、これで元気になった。 ガイドブックには2時間あれば見学できると書いてあるが、このツアー的には1時間45分の予定で2時半出発であるから、あと1時間と少しで急いで回る必要があった。 実際は、北の端の"北のグループ"と呼ばれている遺跡群をスキップしたので時間には少し余裕があった。
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まず、メインゲートを抜けて魔法使いのピラミッドへ。
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魔法使いのピラミッド
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ここは昔登れたが、今は登れなくなっているとのこと。
階段から転げ落ちる事故が起こって以来、そうなったようだ。
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確かに、この角度を登ったら降りてくるときに踏み外して転落および死亡もあり得るな・・・ と思った。
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ここは、7世紀初期のマヤ古典期の時代のもので、プウク様式(Puuc:マヤの言葉でユカタン半島中央の丘陵地帯を指す)の建造物とのことだ。
小人が一晩で作り上げたという伝説から"魔法使い"と名付けられているとのこと。実際には8~11世紀に少しずつ作られたのだとか。
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魔法使いのピラミッドを横目に、まずは南側からまわることにしました。
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総督の宮殿
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次は"総督の宮殿"である。
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実際にはどのような使われ方をしたのかわかっていないとのこと。
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その横を回り込んで、次はグラン・ピラミッドに向かう。
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グラン・ピラミッド
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ここもまた角度が急だが、こちらは登坂禁止になっていない。
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横目で見ればみるほど急な階段だ。
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どうやら階段もしっかりしているので、ゆっくりと登ることにする。
現在、北側の階段だけが修復されているとのこと。
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上を見ると、壁のような階段が。
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下を見ると、崖のような階段が。
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そこを登ると、遙か向こうまで広がるジャングルと遺跡の調和の取れた景色が広がっていた。
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ピラミッドの上で、しばしゆっくりする。
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隣の遺跡が目下に見える。
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遠くまで広がるジャングル。
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何やら壁のような遺跡。
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遠くには魔法使いのピラミッドも見える。
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壁には面白い彫り物が。
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これも。
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この地方のピラミッドは壁の作り方がとても興味深い。
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そして、時間も心配なので、降りて別の建物を見ることにする。
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それにしても急な階段だ・・・。
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ゆっくりと、降りてゆく。
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グラン・ピラミッドを降りた後、西側を少し見る。
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球戯場
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そして、球戯場へ。
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ここはチチェン・イツァーにある球戯場を小さくしたようなところだが、ゴールの石の輪の保存状態が良いとのこと。なるほど。
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そしては広場のようなところを通り、尼僧院の方へ向かう。
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それにしても、よく整備されている。
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尼僧院
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尼僧院の入り口から右手を見ると、魔法使いのピラミッドが見える。
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そして、アーチを抜け、尼僧院へ。
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中に入ると広々とした広場に出た。
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尼僧院はたくさんの小部屋がある故に付けた名前で、ここの実際の用途はまだ想像の範疇であるようだ。
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ここもまた、壁が興味深い。
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尼僧院をぐるりとする。
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確かに、ここが尼僧院と言われてもあまりイメージが沸かないかもしれない。
まだまだ謎が多いのだろうな。
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ちょっと駆け足でここまで見てきたが、まだ"墓のグループ"と"記念碑の壇"と"北のグループ"が残っている。
まず"墓のグループ"を見に行くことに。
細い道を進んでいくと、人気がまったくしなくなった。 ありゃ。 みんなこちらには来ないのかな・・・。
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そんなとき、ふと周囲から、草がカサカサ言う音が聞こえた。
何だろう・・・ と思ったが、大きなトカゲ? イグアナ? なんじゃこりゃ! 50cmはあるぞ。 でかい!
さすがに今は向こうが逃げていくが、これが襲ってきたら非常に怖い。 たった50cmであっても、追いつめられたら何をするかわかったものではない。
数m離れたところで写真だけ撮る。
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更に細い道を越えて遺跡らしきところに近づくと、これまた違うトカゲ(イグアナ?)がいた!
びっくりだ! ここにもいるぞ!
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・・・と思ったら、もうちょっと小さなトカゲ(イグアナ?)を発見!
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そんな横を歩いて進むと、このような小さな遺跡があるにはあったが・・・。
他のものと比べると規模といい保存/修復状態といい、あまり良くはないようだ。
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と、そんなこんなでどうしようかなと思っていると、向こうにはもう1匹発見!
おいおい。 沢山いすぎるぞ。 ここはどうやら彼らの縄張りのようだ。 そんな爬虫類を沢山見ていたら、これ以上奥に行く気がしなくなった。 墓も大して興味のある建物がないし、更には、"記念碑の壇"には行く道もよくわからないし。
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"北のグループ"に行くまでの道も地図に載っていない・・・。 ううむ。 もういいや。 戻ろう・・・。 全部回るつもりで時間配分をしていたが、この時点で、"北のグループ"に残していた時間がまるまる浮くことになった。 こうなるのであれば他のところをもう少しゆっくり見ても良かったな。 まあ、しょうがない。
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球戯場の横を抜け、魔法使いのピラミッドへと戻ってゆく。
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ここまで戻ったところ、まだ少し時間があったので魔法使いのピラミッドの周囲を更に半周する。
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ここが今日のクライマックス。
なかなか満足だ。
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そして、少し早いがメインゲートを出る。
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時間まで少しあったので、椅子に座ってゆっくりした後、時間が来たのでバスに乗り込む。
このバス、帰りのウシュマル・メリダ間は行きと同じようにツアー以外の客も乗せるようで、多少人が増えていた。
そんなこんなでバスはメリダを目指し、やがて到着。 メリダに帰ってきた。バスの中ではかなり眠く、うとうとしていたらあっと言う間に着いた感じだ。予定通り、3時45分頃メリダに到着。
<div align="Left">
<H2 align="Left">
ユカタン人類学博物館
ツアーから戻ったがまだ外は明るいので、メリダにあるユカタン人類学博物館に向かう。
駅前でタクシーを拾ったが、そこでちょっとしたことがあった。
最初50ペソと言われたが、30ペソを提示してOKと言われたので乗り込んだのだが、しばらく走っていると博物館を少し行き過ぎて、ハイアット・リージェンシー・メリダの前まで行った後に戻ってくるような形で博物館に到着した。
そして30ペソ渡したが、なにやら、40ペソだと言ってくる。 なんじゃそりゃ。 30ペソだと言ったじゃないか。 向こうは片言の英語で"遠い。かなり走った"などと言ってくる。 表情が真面目で堅いので、何をどれだけ思ってそう言っているのかいまいちわからない。 最初は30ペソでOKだと言ったが、遠かったので40ペソ出せ、ということか? まあ、分からんでもないが、遠回りしたのは自分だ。 ということで、中間の35ペソを渡す。最初の値段と今の値段の間だと私が言っているにもかかわらず、相変わらず"あと5ペソ"だと言ってくる。 これがひょっとして、"値段交渉はテクニックというより気合いと粘り"とガイドブックに書いてあったことか? テクニックも何もあったものではない。 "遠い。あと5ペソ"と何度も繰り返すタクシー運転手のおにいさん。 理屈でどうこう言っても通じないというのが次第にわかってきたし、やっていることがたった5ペソの話だし、もう面倒くさくなってきたのでとっとと5ペソ渡して終わりにしました。ふむ。 とは言っても、アジアのベトナムのように後味悪い訳ではないのでこのくらいは全く問題ない。ベトナムはうざったいし人を小馬鹿にしてくるが、ここメキシコではラテンのノリが根底にあるからか、基本的にゆったりしていて穏やかだ。 だから、ねばり強い交渉であっても何かとやりやすい。結果が伴うかどうかはともかくとして。(苦笑)
なので、このようなちょっとしたことはあったが、メキシコに対する印象が悪くなるということはなかった。
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そして、いよいよユカタン人類学博物館に入る。
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ここはガイドブックには20時までと書いてあったが、実際には5時までだった。 まあ、博物館のようなものはどこでも普通そのくらいの時間で閉まるのが普通だよな・・・、きっと。
今日がクリスマスイブだから特別に早かったのか、或いは営業時間が変わったのかはわからないが。
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中には各種発掘品に加え、歴史が英語でも説明されていたので理解を進めることができた。
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ここ数年で英語力が少しついてきたので、読むのが遅いとはいえこのくらいの説明であれば苦もなくそのまま読むことができるようになった。
たまに専門用語がわからなかったりするが、理解を妨げるほどではない。
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1階は常設コーナーでは歴史や文化の紹介がされていた。
マヤの暦に関することや、交易、そしては農業などの説明コーナーがあった。
暦の正確さなどはよく知られているが、その他にも、石の加工技術や絹織物、飾り物など各種展示があった。
技術的に必ずしも進んでいたわけではないマヤがこれだけ正確な暦を持っていたことは、やはり驚きである。
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ここに来る前は、マヤの暦について、"まあ、確かに凄いかもしれないけど"くらいの軽い認識であったが、ピラミッドの加工技術や装飾品の加工技術を見ると、同じピラミッドであってもエジプトのものと比べ技術は数段劣るように思う。こんなこと言うと怒る人がいそうだが。
そこへ来てである。 暦の正確さというもの、そして暦から先を予見する技術とのギャップを見ると、その点から"驚き"としてようやく私にも感じられた。
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ここユカタン人類額博物館に残っているものは、かなり原始的なものであり、それでいて高度な計算技術を持っていたということが、この文明の特徴を際だたせるものとして驚きと興味として私に感じられた。
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石組みの技術も、決して高くない。 石の加工技術も決して高くない。
しかし、計算の技術はあった、と、そういうことになる?
(まあ、素人考えかもしれないが)
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そんな思いを巡らせながら博物館をまわっていると、係員が来て電気を消しだした。
この時まで閉館時間が20時だと思いこんでおり、ゆっくりと見ていたのだ。
そして急いで次を見る。
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周囲の電灯が次々と消されている。
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顔がとても特徴的だ。
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眼鏡のようなものも見える。
装飾品か何かか。
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蛇或いはトカゲなどの爬虫類に見える。
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見ようによっては恐竜のように見えなくもない。
まあ、どちらも爬虫類だからそれはそうか。
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そんなこんなで博物館を出た。
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外はまだ明るい。
さてどうしようかと思い、とりあえずホテルまで戻ろうと思ってタクシーを捕まえようとした。
大通りでタクシーを待っていると、ふと、目の前にバスが止まり、私と同じく博物館から出たと思われる2人組がそれに乗り込んだ。
私も思わずそれに乗り込み、駅まで行くかどうかとりあえず聞いてみたが、行くという。
ふむ。 5ペソで行けるようだ。 タクシーに乗るより随分と節約になる。
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メリダのソカロ周辺
そしてバスに揺られ、駅方面に進んでいく。 この町は碁盤の目のようになっていて、通りには整理された番号が書いてあるので現在位置がわかりやすくてとても良い。
くねくね曲がりながら、時には駅から少し離れたりして、やがてソカロ(町中心にある公園)近くで停車した。 全員降りるようなので、どうやら終点のようだ。 あれれ。 駅までじゃないのか・・・。 運転手は適当に答えたのかな。
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まあ、ソカロ近くならそれはそれでいいやと思い、周辺を散策する。
ふと見ると豪華な教会が見えるのでそちらに向かって歩く。
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教会の裏から入ると、博物館の展示のようなユニークなものがあった。
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これは・・・。
きっと、芸術と言ってよいのだろう。
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バイクのパーツや車のパーツを元に、きっと鳥か何かを形取っているのだろう。
場所的に、ここはユカタン現代美術館か?
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そしてその中庭らしきところを越え、ソカロ横にある巨大な教会、カテドラルに入ってみることにする。
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ソカロ横にそびえる、巨大なカテドラル(教会)。
私はクリスチャンではないが、旅行のときは教会に入ってみることにしている。
その土地の特徴がよくわかるからだ。
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中に入ると、ひんやりとした空気で、とても落ち着いた雰囲気が感じられた。 今日はクリスマスイブで、宣教師が何やらスペイン語で喋っている。 全くわからない。(苦笑) それでも周囲の人の真似をしたりして、しばらくその動作に付き合った。 やがて丸い白いビスケットのようなものを前で配り始めましたので、ここはカトリックの教会かな? メキシコは90%がカトリックであるというし、これだけ大きな教会なのだからそうなのであろう。
しばらくゆっくりした後、大勢が外に出たのでそれに合わせて外に出た。 その前には寄付も求められたので帽子のような中に小銭を少し入れた。
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教会を出ると、すっかり暗くなっていた。
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ソカロはすっかりクリスマスの雰囲気だ。
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そして、本日ダンスがやっているというソカロ西側の Centro Cultural Olimpo に行ってみるが、どうやら今日は開いていないようだ。
まあ、仕方がない。
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そして、ソカロ横にある建物の中に入ってみたところ、ピザ屋があったので食べてみることに。
メキシカン・ピザを頼んだら、シェーキーズで食べたことがあるようなピザが出てきた。名前は知らなかったが、これがメキシカン・ピザなのかな? 味も似ている気がする。
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それを食べた後、これからの計画を練る。
どこで何日過ごし、何を見るのか・・・。 いくつか計画を練った。
その結果、当初は以下のようであったものを、次のように変更した。
25日 午前:メリダ→カンペチェ移動。午後:当初はエズナー遺跡観光だったが、カンペチェの町並みが世界遺産であることに気が付いたのでその観光に差し替え。宿を1泊取る。
26日 カラクムル(Calakmul)遺跡観光ツアー。同じ名前の自転車に乗っていたことがあるので、ここは是非とも行っておきたいところ。世界遺産にも登録されており、規模的にもかなりのものがあるとのこと。
27日 当初は午前中にカンペチェ→パレンケ移動、午後にパレンケ遺跡見学。それを、26日の深夜バスから乗り継いででエルタヒン(El Tajin)のあるパパントラを目指す。ベラクルス行きの深夜便が取れればそれに乗り、取れなければ中間地点にあるビジャエルモッサ行きの深夜便に乗り、そのまま乗り継いでベラクルスおよびパパントラを目指す。カラクムル遺跡ツアーが21時にカンペチェ帰着であることと、多少は遅れる可能性も見越して、バスチケットは当日買うことにする。
28日 当初は、パレンケの町からツアー参加してボナンパックおよびヤシュチランに行こうと思っていましたが、入場料を見ると安いので規模が大きくないと判断。世界遺産にもなっていないようなので、代わりにエルタヒンを目指すことにする。前日までにパパントラに到着している筈なので、この日は1日をエルタヒン観光およびゆっくり過ごすことに費やす。
29日 当初は、パレンケからメキシコシティへの移動の日と位置づけていた。変更後は、パパントラからメキシコシティへの移動の日と位置づける。
30日 テオティワカン(Teotihuacan)観光。変更なし。
31日 午前中~午後の早い時間までメキシコシティ内(博物館等)見学。午後にホテル帰着後、深夜11時くらいまで時差ボケ解消を促進させるための睡眠時間と位置づける。深夜11時くらいになったら起きて、独立記念塔で行われるカウントダウンに参加する。(これは近くにあるかどうかわからない)そしてその後ずっと起きていて、朝6時50分の飛行機に間に合うよう移動および搭乗する。
この変更した予定によって、見るべき世界遺産をきっちり見ることができそうだ。
それに、ルート的に、将来グアマテラのティカル遺跡を見に行く際、メキシコから入る起点であるパレンケを今回見ないことにより、将来そのルートを通ってティカルに行く道筋を残しておく、とすることができた。その際の途中ルートであるオアハカも今回見ないことにより、その際にオアハカを残すことができる。 エルタヒンは北部にあるので今回見てしまった方が次回の際のそこに行く手間が省ける。 カンペチェからパパントラへ(或いはポサリカ)の移動に飛行機を使うことも考えたが、カンペチェからポサリカ空港に移動する場合はメキシコシティ経由になるようなので、時間および費用が思いのほか高くつくと思いバスにしました。景色が見られるのもバスの良いところであるし。 と、そんなところで、なかなかうまくまとまったみたいだ。
そして、その横にある州庁舎で、マヤ文明をテーマとした27の壁画というものを見ることにしました。
州庁舎だけあって、その中庭にはクリスマスツリーが飾られていた。
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マヤ文明をテーマとした27の壁画がずらりと並ぶ。
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と、壁画を見ていると、ふと外から賑やかな音がしてきた。
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何だろう・・・ と思ったが、何やらクリスマスの催し物みたいだ。
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車にサンタがたくさん乗っていて、何か投げているようだ?
さすがはクリスマス。
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そして、州庁舎を出て、ホテルに戻ることにする。
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お祭り騒ぎのソカロ。
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何やら演奏しているパフォーマーもいる。
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このソカロに関しては、夜であっても危険な感じは受けなかった。
だが、もちろん用心はしていたが。
そして、ホテルに戻る。
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途中、ちょっとした電気屋があったので目覚まし時計がないか聞いてみた。すると、おもちゃみたいな時計が15ペソ(約120円)で売っていた。いくつか聞き比べ、ちょっと音が大きなものを選んだ。 これで明日は起きられそうだ。 軽いので、さほど荷物にもならなさそうなのも良い。
そしてようやくホテルに戻った。先日のスタッフにダンスについて聞いてみると、今日はクリスマスイブだから金曜日までダンスはないとのこと。 ふむ。昨日見ておいてよかった。
そういうわけで、明日は午前中にカンペチェに移動します。
旅の始まりはいつもスロースタートだが、いよいよ気持ち的にも面白くなってきた。
朝、5時50分頃自然と目が覚める。目覚ましの10分前とはなんとも目覚めがよい。
もう少し寝ようかとも思ったが、ここで寝て起きられなくなっても困るのでそのまま起きることにする。
そして身支度を始めたが、なんと水が出なくなった。
確かに昨日の夜もその前日に比べて水の出が悪くなっている気がしたが、まさか今日止まってしまうとは思わなかった。 とりあえず最低限の身支度を済ませ、スタッフを部屋の中に入れてもよい状態にしてからフロントへ人を呼びに行く。内線がないので行くしかない。
すると、何やら裏の方を確かめに行ってくれ、何やら機械の音が始まったかと思いきやすぐに戻ってきて、10分もすれば使えるようになるとのこと。 なるほど。 何かが止まっていたのか。
部屋に戻ってみると無事水が使えるようになっていた。 そして身支度を終え、チェックアウト。 いつもこの瞬間は名残惜しいが、グッバイをしてバス停へと向かう。
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1等のバスステーションに向かう途中2等のバスステーションを横切ったが、まだ開いていなかった。何か嫌な予感がするな・・・ と思ったら、案の定、1等のバスステーションも開いていなかった。 あれま。 いつになったら開くのだろう・・・。
あわてても仕方がないので、1等のバスステーション前にある食堂で朝食を取ることにする。 何やらいくつか乗ったプレートがあるとのことだが、なんと70ペソもする。高すぎ。
でも、外に出て地面や階段に座って待つのも嫌なのでそれを買って椅子に座って待つことにする。 味も微妙。先日作ったものを暖めただけのようにも思える。サラダまでが暖かくなっていた。 スタッフに聞くと、シャッターはあと1時間は開かないだろうとのこと。 クリスマス(25日)だからのようだ。 |
| メリダの1等バスステーション |
そして食べ終えた後も椅子で待っていると、確かに約1時間後、8時になったらシャッターが開いた。 ほっ。 中に入り、カンペチェ(Campeche)行きのチケットを買う。 列整理をしている駅員に聞くと、そこに並べと言う。 列が決まっているようだ。 朝だけか? というのも、順番が来るやいなや、チケット売りのスタッフは私が何か言う前にカンペチェと入力したからだ。 ふむ。 次の便を取ってもらうが、時刻が既に過ぎている8時のチケットだ。 どうやら、並んでいる人の分だけ発券したらすぐに出発するようだ。 さすがはクリスマス。 買い物をする暇もなくすぐに乗り込むと、あと数人乗せた後の約5分後に出発した。
うむ。ちょっとどきどきしたが、乗ってしまえばもう安心だ。スタッフもきちんとガイドしてくれていたので問題なかった。
そして、ジャングルの中を切り開いた真っ直ぐな道をひたすら走り、約2時間半後にカンペチェ到着。
ひとまず明日のチケット状況を知りたいと思い、カウンターに並ぼうと思ったが、どうやらここは整理券を取って並ぶタイプらしい。 現地の人が教えてくれたが何のことかわからず、違う旅行者が教えてくれた。有り難う。
まだしばらく順番があるようなのでぶらぶらしていると時刻表を発見した。すると、ベラクルス行きのADO GLがガイドブックに書いてある22:45ではなく22:15になっていることを発見。あと、ビジャエルモッサ行きは本数が沢山あるので特に予約する必要はないと感じた。 この時刻表を見たら安心したので、特に確認することなく、そのまま町中に行くことにしました。
この1等バスステーションは町中から3kmほど離れており、中心地に行くためのローカルバスが出ているとのことなので探してみるが、それらしきバス停は見つからない。 そんなこんなで1等バスステーションをぶらついていると、ふとタクシーの料金表を発見。市内までは25ペソらしい。私は観光客なので30ペソで行ければOKかな。
そしてタクシーに乗る前に、カラクムル(Calakmul)遺跡の予約をするための費用をクレジットカードでキャッシングする。 これで準備OK。 町中へと向かう。
タクシーは古い車で、運転手のおばさんも英語NGだった。しかし、ガイドブック裏にある簡単なスペイン語会話例だけで"いくら?"と"30"(ペソ)は十分意志疎通OK。中心部へと向かう。
途中、砦だった壁が見えてくると、急に興奮してきた。 なかなかいいじゃないか。 そして町中はカラフルな壁が続いている。 なるほど、これが世界遺産の町並みか。
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そして町の中心のソカロに到着。
そこからは、立派な教会カテドラルが見えた。
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そして、まず旅行代理店で明日の予約をしようと思い、ガイドブックに書いてあるソカロ近くの Xtampak に向かう。
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が、開いていない。 あれれ・・・ と思っていたら、その前に止まっているタクシーの運転手が指を前に指して、これこれ、という仕草をする。 何のことだ・・・ と思っていたら、なんと、たった今目の前に止まった車から出てきた運転手がこの旅行代理店の主人のようだ。 なんという奇遇。
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どうやら今日はクリスマスで休みのようで、たまたまここに立ち寄ったらしい。 ここで、明日のカラクムル遺跡観光の予約をする。 850ペソとのこと。 ガイドはなく、カラクムル以外にもバラムク(Balamku バランク?)やEl Ramonalの遺跡も回るとのことだ。 まずカンペチェから南下し、Escarcegaという町で昼食用の食事を買い込む。何故ならば、カラクムルには食堂がないからだとか。ここには8時で、遺跡には11時到着。3時間の滞在とのこと。その周辺遺跡との時間配分や順番は聞かなかったが、カンペチェには7時に戻ってくるとのことだ。ガイドブックには9時に戻ると書いてあったので、それと比べると随分と早い。
ガイド付きのツアーはないのかと聞くと、カラクムルはガイドするには難しいとのことで、ニュアンス的には"あるにはあるが"のような言いぶりだった。ガイドブックには英語のガイド付で850ペソからと書いてあったので、インフレ分やハイシーズンであることを考えるとガイドなしでこの値段は妥当か。 特に値切ることはしなかった。 客は私の他に2人で、計3人とのこと。 なんともこぢんまりとしたツアーだ。 明日までに増えることもあるだろうが、それでも、少人数のツアーとなることは確かのようだ。
私はまだ宿を決めていなかったので、ホテルへのピックアップではなく6時にこの代理店前で待つことにしました。お金もその時で良いらしい。
私が去ると代理店の主人は店を閉めた。 私はちょうどタイミングが良くて運が良かった。 私がいたから店を開けたのか、私がいなくても用事があって立ち寄ったのかはわからないが、前者のような気もする。
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| カラクムルまでの地図 |
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そして、いよいよホテル探しに歩き回る。
この代理店近くのホテルを取りたいと思い、ソカロ近くのラバロキア(La Parroquia)に行くが既にプライベートルームは満室。ドミトリーならば開いているようだが朝も早いのでやめておいた。
その近くにあるホテル・コロニアル(Colonial)に行くがこちらも満室。
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| ホテル・コロニアル(Colonial) |
そして次に立ち寄ったホテル・カンペチェ(Campeche)が開いていたのでここにしました。
ガイドブックの記述より随分と高い234ペソだが、ハイシーズンなのでこれでよしとした。横には同名のレストランが併設されているし、ソカロ(町の中心にある公園)が目の前で立地は最高。旅行代理店にも近い。後で料金表を見てみると、テレビなしならば175ペソのようだ。その部屋が空いていなかったのか、或いはTV付の部屋を先に勧めるのかまではわからないが、まあ、よしとする。
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そして荷物を置き、シャワーを浴びてから町中を散策する。
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まず、お腹が空いていたのでホテル横にあるレストランで軽く食事をする。 この時間はメキシコ時間でお昼ですが、日本ではかなり早朝にあたる時間なので、軽い食事ということでクラブ・サンドイッチを食べる。
そこで食べていると、ふと、横に座っていた男女カップルの旅行者が話しかけてきた。雑談をした後、カンペチェとビジャエルモッサの中間にある Ciudad del Carmen という町にあるビーチに行きたいが、その情報がガイドブックに書いてなくて困っているとのこと。日本のガイドブックが見えたので知りたくて話しかけたとのことだ。探してみるが、それらしきページがない。
まあ、それはそれで仕方がないということで、これからの旅程などを少し雑談程度に交わした。 彼らもカンクンから来てメキシコシティから帰るとのこと。2週間の旅程とのことだが、それにしては多くのところに立ち寄るのだな・・・ という印象を受けた。
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後で思えば、彼らは詐欺師だったのかもしれない。 旅行者にいいところがあると言って誘い出し、何か罠を仕掛けるような。 誰も行かないようなビーチに誘いかけたり、18時に出るボートツアー(そのようなものは見つけることができなかった)に乗ると言ったり・・・。 何か怪しい。 女性から話しかけてきて、細かな話を男がするという点も、2人が一組で動くという詐欺師のセオリーにぴったりとはまっている。女性が初期コンタクトをしかけ、男性がコントラクト(契約)をするという役目だ。 私に話しかけた後、なぜか他のテーブルの人にも話しかけていた。 その手口はなんとも馴れ馴れしいというか図々しいというか・・・。 ちゃっかりと相手のテーブルに座るところはさすがだ。 私と話をするうちに、もう既に私の予定は決まっていて誘うことができないと判断したのだろう。 目的にしても、彼らが行きたがっているビーチではなく遺跡中心の私の日程だし、話をうまく誘い出すには無理がある。 あきらめたのだろう。
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2週間の日程の筈なのに、カンクンおよびその南のトゥルム遺跡やチチェン・イツァーやウシュマルやエズナーやパレンケやオアハカのミトラやモンテ・アルバンやアカプルコなどのビーチまでも行こうとしている。本当に2週間なのだろうか? 行けるとは思うが、かなり日程に無理がないか。 行くだけであれば強行軍でぎりぎり、と言ったところか。 しかし、そこだけでなく見知らぬローカルなビーチに行こうとしていたり・・・。 行ったら移動も含めて数日は費やされるであろう。 予定の全部が消化出来るはずもなくなってしまう。 彼らが言っていた日程は、本当の予定かどうかかなり怪しい。
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2人が一組で動く詐欺師のセオリーおよび言動の狡猾さから、私は彼らを詐欺師と判定した。 まあ、被害もなさそうなので今のところOKである。 注文を待つ間の気晴らしにはなった。
そしてクラブ・サンドが到着する。
量的には少ないが、日本の朝食時間なのでこれで十分である。
そして、詐欺師が他の客に話しかけているのを見つつ、詐欺師がいなくなったことを見計らって自分も外に出る。
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まず、ガイドブックに書いてある通り、ソカロ北側のラソレダー砦に行く。内部に何かあるとのことだが、クリスマス25日の休日だからか、開いていない。 それにしても、ここだけでなく町中が随分と静かだ。 ガイドブックには通りにウイビルを着た売り子が行き交っていると書いてあるのだが・・・。 もう1時になろうと言うのに、そんな光景は全くない。町は本当に静かだ。
西に進み、サンカルロス砦に到着するものの、ここも開いていない。 この中では町の歴史を知ることができるとあるのだが・・・。 開いていないものは仕方がない。
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| これは何だったかな・・・ |
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そして、特にあてもなく街中を歩くことにする。
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人通りが少ない。
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暑い中、散歩を続ける
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そして南に進み、サンタロサ砦の横を通り、陸門まで歩いてゆく
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城壁の中は、家々がこのようにカラフルに彩られている。
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どうやらこの陸門はやっているようで、10ペソで門の上に登ることができるようだ。
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早速登ってみると、町中が遠くまで見渡すことができた。
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遠くにはカテドラルなどが見える。
それにしても家の壁がカラフルだ。
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城壁に沿って散歩する
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家並みを眺める
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カラフルな家々
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そして陸門を伝わって奥まで散歩し、やがて戻ってきた。
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入り口は施錠されているので、最後は鐘を鳴らして"空けて欲しい"と合図して下に降りた。
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そして町中を散策。
本当に静かな町並み。
クリスマスはどこの都市もこのように静かなものなのだろうか?
やがてソカロまで戻ってきた。
スーパーマーケットで買い物をしようと思ってソカロ横にある観光案内所で場所を聞いたが場所がよくわからなかった。
散々迷ったあげく、それらしき場所は閉まっていた。 ううむ。 ガイドブックの地図をよく見ると、確かにそこには Plaza Del Mar と書いてあるな。これだったのか???
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なかなか歩き疲れてしまったので、教会カテドラルに入って休むことにしました。
静かな教会に入ると、ついつい眠くなって寝てしまう。
30分ほどうとうとして、体も少し休まってきたので外に出た。
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他で見た豪華な教会にはかなわないまでも、立派な装飾。
いよいよやることがなくなってきたので、数少ないが開いている売店で明日持参する水を購入する。2リットルボトルで11ペソ。それを2つ買う。あと、少量のシャンプー(リンスin)を3ペソと高いがスーパーが開いていないので仕方なく1つ購入。
明日の準備はこのくらいにして、一旦ホテルに戻る。
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再度シャワーを浴び、少し休んだ後外に出ると、外はもう暗くなっていた。
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先ほど海沿いを散歩したときに見かけた大きなテントのところまで行ってみました。
大きなライブ用ステージからはとてつもない大音量で音楽が流れている。
よく見ると、その横に止まっているトラクターの中に皆が入って行く。 なんだこれ・・・
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私も入ってみると、どうやらこれは移動式ミニ博物館のようだ。
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なんとも面白い。 それが2つある。
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それを見た後、大きなテントの下で、肌用ローションを購入する。顔にも使えるし日焼けにも使えるもののようだ。80ペソをディスカウントで70ペソにしてもらった。
ガイドブックのスペイン語ページを見ながらディスカウントと言ったら、なぜかそのおばさんは大笑いしていた。
なんでだろう。言い方が面白かったのかな。
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そしてソカロに戻って来た。
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いよいよお腹が空いたので、角にあったビッフェ風食堂で夕食を食べる。ここは食べ放題で飲み物がついて80ペソ。お腹が空いているときにはちょうどいい。 自分で皿に盛っていると、片言の日本語で話しかけてきたおばあさんが。日本人? ahh, Yes、みたいな。
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そして食事後、ソカロのベンチで一休み。
涼しい風の中、カテドラルを目前に見つつ、ベンチでゆっくりとする。
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そしてホテルに戻り、身支度をして明日に備える。
明日は早く起きてチェックアウト後、朝6時からツアーに参加。そして7時に町に戻った後、夜行バスで遠距離移動だ。 |
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カラクルム遺跡(Calakmul) 、バランク遺跡(Balamku)
カラクルム遺跡(Calakmul) へ移動
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今日はカラクルム遺跡(Calakmul)のツアーに参加する。
ツアーとは言ってもガイドはなく、移動手段のみの提供である。それに、ガイドブックに書いてあった3箇所ではなく2カ所へのツアーとなる。同ガイドブックにはカンペチェ帰宅が9時頃と書いてあるが、ツアー代理店のおじさんが言うには7時にカンペチェであると言う。そういうことであれば8時のベラクルス行きADOバスにも間に合うな・・・ と思って、22時のADOバス予約を行わなかった。今日の夜、これが結局満席だったので細かく乗り継ぐことになるのだが。
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それにしても静かだ。
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ホテルの名前を伝えることができなかったので、約束通り代理店の前で待つ。
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6時少し前から待ち、15分ほど過ぎた頃に、先日予約を行った代理店のおじさんが現れた。 すると、乗る車はすぐに来るという。 ここで代金の850ペソを渡す。 おじさんは再度、泊まりのツアーにしないのかと聞いてきたが、"行きたいが時間が限られている"と答えたら納得してくれた。
そして現れたのが普通の乗用車。フォルクスワーゲンの少し古い型のようだ。 予感が的中した。 3人だと言っていたのできっとこのくらいの車になるだろうと思っていたのだ。 そして、先日予約した時点では3人だったのが、4人に増えている。 これは危ないと思い、前の席を確保した。 まだ空いていてラッキーだった。 エジプトのアブシンベルツアーの二の舞になるところだった。 私が乗り込んだときは既に後ろにメキシコ人夫婦が2人座っていて、夫の方は片言の英語が喋れるようだった。
そしてもう1人乗り込むのかな・・・ と思って違う宿の前に行ったが、代理店のおじさんもそこに移動していて、しばらくした後にそのまま走り出した。 スペイン語がわからないのでやりとりが全くわからないが、きっと残りの1人は違う車で行くのだろうと予想する。(それは当たっていた)
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そして、車は走り出す。
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明け方の空いた真っ直ぐな道を、車は快適に飛ばして行く。
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途中で看板が見えてきた。カラクムル遺跡までは250km以上あるようだ。途中の看板がこれなので、カンペチェからはもう少しあるのだろう。 それを1日で移動するのだから、やはりアブシンベルほどではないにせよかなりの移動距離になる。
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まず南下し、Francisco Escarcegaで西に方向を変え、カラクムルを目指すとのことだ。
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次第に朝日が昇り、道がよく見えてくる。
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そして8時過ぎまで約2時間走り、方向を変える地点である Francisco Escarcegaのレストランで一旦停車。 朝食及び昼食用サンドイッチを買い込む為だ。ここで朝食を食べていると、先ほどの代理店のおじさんも合流。 他にも5~6人の参加者がいるようで、別テーブルに座った。
頼むものや昼食に何を選ぶかはスペイン語が喋れない私は困難だが、後ろの席に座っていた夫婦の主人が適当なものを選んでくれた。 それにしても、朝食なのにきっちりと脂っこいものを食べるのだな・・・。 私はチキンの唐揚げのようなものを頼んだ。 お昼ご飯には小さなサンドイッチ2つを頼んだ。
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そして、到着時間を簡単に確認し、再度、車に乗り込む。
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ここから先も快適な道。 必ずしも高速道路ではないようだが、それにかなり近い。たまに民家近くを通り過ぎるときはスピードを落とさせるために段差が意図的についていることを除けば100km近い速度で車は快適に飛ばす。(段差はここだけではないが。)
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周囲はジャングル。
カンクンからメリダに移動したときもジャングルの中だったが、ここもまたジャングルだ。 町あるいは集落を外れるとすぐにジャングルになる。 集落がジャングルに囲まれていると言ってもいい。
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そして数時間走り、方角を南に変える。 ここからは細い道だ。 入り口に門番がいて、そこでこの区域に入るための入場料40ペソを払う。
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ここから先はぎりぎり2車線の幅の、深いジャングルを抜ける道だ。 最初は真っ直ぐな道が多かったが、次第にカーブが増えて行く。
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こんな曲がりくねった細い道を、約58kmほど進むことになるようだ。 今朝町にいて今はこのような奥深いジャングルの中にいることが、まだ感覚的にパッとしない。 このジャングルの中にひとたび放り込まれたらもちろん生きては帰ってこられないだろう。 しかし、こうしてツアーで運転手付の自動車に乗っていると、そういう危機感が薄れてしまう。 つい先日までカンクンのビーチにいたのにも関わらず、今はこうして奥深いジャングルの中にいる。 そしてその感覚はほとんど変わらない。 完全に安全だという錯覚さえ覚えてしまう。
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視点を変えると、それはつまり、この国のツアーがそれだけレベルの高いものであるとも言えるかもしれない。 ツアーに参加すれば私のようにかかと付アウトドアサンダルでジャングルの中に遊びに来ることができる。 食料も昼食分しか持たず、非常食もない。 それだけこの国の観光整備がされているということのように思う。
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ただ、それを支えるために、道の途中で何回も検問があって、運転手は身分証明書を何度も見せていたし、ジャングルの中に入るときは名前をチェックして全員無事にジャングルを出ているか確認していた。 そういう裏の仕組みがあってこそツアーが無事にまわっているのだろう。
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そして車はジャングルの奥へと更に入って行く。10km、20km、30kmといつまでもこのような細い道を進む。
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すれ違いもかなり少ない。
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そして12時を越え、ようやくカラクムル遺跡(Calakmul)に到着。 長かった。 代理店の主人を乗せた車は先に出発していたので、やはり先に着いていたようだ。 予定では到着11時ということだったので、既に1時間以上遅れている。しかし、滞在時間は短くしないようで、ここで3時間の滞在をする。 やはり帰りが9時になる予感がしてきた。
建物のところで再度入場料を、たしか40ペソほど払う。
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ガイドブックには入り口で英語の地図が買えるとあったが、地図は売っていなかった。 その代わりに、入ってすぐのところに地図の看板があり、それを元に代理店のおじさんが説明してくれた。
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まず、私たち(私とメキシコ人夫婦)の参加したツアーは1日ツアーなので、滞在時間は3時間となる。 なので、どこそこのところでこちらに曲がる・・・ というような説明を受けた。 後ろにある遺跡群を見るには時間が足りず、1つ後ろを追加すると4時間、もう1つ後ろを追加すると5~6時間かかるという。 ということで我々は最小限のところだけまわるのですが、聞いてみると、一番大きなピラミッドは回るということなので、ひとまずOKかなと思った。 このような詳細な説明をあらかじめ受けていたのであれば私はきっと1泊2日のツアーを選んでいたであろう。しかし、不幸中の幸いというべきか、結果からすれば、この後の日程も考慮するとここは日帰りツアーが十分だったようだ。
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そんなこんなで、3時間の滞在を楽しむ。
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カラクルム遺跡(Calakmul)
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少しだけジャングルの中を抜けると、すぐにピラミッド群の中に出た。
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まず見えてきたピラミッド・第8建造物 (Estructura No.8)だが、ひとまずこれに登ってみることにしました。 これに登っている人は多くないようだが、一生懸命登る。 特に禁止もされていないようだ。
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すると、ジャングルの上からピラミッド・第2建造物 (Estructura No.2)およびジャングルの彼方までよく見渡すことができた。 絶景である。
どうやら目の前にあるピラミッドの方が高い位置にあるようだ。
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私が登ったのを見て、メキシコ人夫婦も後を追って登ってくる。
この絶景が待っているのであれば、登ってよかった。
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周囲全てがジャングルである。
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そして最初のピラミッド ・第8建造物 (Estructura No.8)を降り、次のピラミッドへと向かう。
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周囲にも興味深い建造物が沢山ある。
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そして次のピラミッド・第2建造物 (Estructura No.2)に登る。
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これまた高い。この遺跡で最大の建造物だ。
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まだピラミッドに登り慣れていないせいか、登るのも降りるのもきつい。だが、この2つ目のピラミッドを登り切る頃には、少しずつ慣れてきた。 こつがあるようだ。
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このピラミッド・第2建造物 (Estructura No.2)からは、先ほど以上の絶景を見渡すことができた。
素晴らしい。
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斜め後ろを見ると、もう1つのピラミッド・第1建造物 (Estructura No.1)が見える。 これが最後かと思っていたら、まだあるようだ。
(この写真がそうだったかどうかは失念)
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それと、先ほど登ったピラミッド・第8建造物 (Estructura No.8)が少し下に見える。 思いのほか景色が違ってびっくりである。
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それにしても、周囲は遙か向こうまでジャングルが広がっている。
ここで、私の目が急に冴えてきた。
今までジャングルの木々をはっきりと見ていなかったようです。 だが、急に目が覚めたのか、或いは、意識が変わったのか、急にジャングルの木々の濃さと薄さがはっきりと私の目に見えてきた。
今までは、頭の中がなにか寝ぼけていたようだ。
旅をしていると、こういうときがたまにある。 素晴らしい景色、或いは素朴な情緒に触れることにより、急に意識がはっきりしてくる瞬間。
珍しい景色そのものや、美しい風景そのものももちろん良いのですが、私がむしろ求めているのはこのような、急に意識がはっきりしてくる瞬間だ。 それはとても心地よい。
ここカラクムル遺跡に来て本当によかったと思う。
この瞬間、ここが私の個人ランキングのナンバーワンになった。
ジャングルの奥深さも確かに顕著なものがあるが、それ以上に、ここに来て感じられた感覚の良さがランキングのナンバーワンに押し上げた。
そして、メキシコ人夫婦が登ってきて、そして、一緒に降りる。 どうやら、横の階段がなだらかで上り下りしやすいようだ。 なるほど。
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そして3つ目のピラミッド・第1建造物 (Estructura No.1)へ。
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ここはメキシコ人夫婦は登らず、私1人で登った。
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ここもまたよい景色が広がっており、2つ目に登ったピラミッド・第2建造物 (Estructura No.2)の一方向が木々で覆われていたのに比べ、こちらは360度全方向を見渡せるのが良いところであった。
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ピラミッドの上から見る景色はジャングルの奥深さを実感させるのに十分だった。
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聞くに、ここからグアマテラのティカルも見渡すことができるというが、そちらの方向を肉眼(1.5と1.0)で探したが、それらしきものを見つけることができなかった。 残念。ティカルもまたの機会に行ってみたいところである。
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そしてピラミッド・第1建造物 (Estructura No.1)を降り、満足したところで車まで戻る。
かなり満足でテンションも上がっているが、それとは別に、体はもうくたくたである。
車に戻り、もう3時になってしまったが昼食のサンドイッチをほおばる。 やはり2つでちょうどよかったようだ。
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そして少しゆっくりした後、車に乗り込む。 どうやら少しだけ大きな車に乗り換えるようで、そちらにもう1名追加で次の目的地に向かうことになった。 後ろの人はきつくて申し訳ないが、追加となったのは細身の女性のようなので後ろで頑張ってもらう。
そして再度細い道を58kmほど戻る。 それにしてもずっとジャングルである。
歩いている途中にメキシコ人夫婦から聞いたが、この周囲、特にメリダの周辺のジャングルには今でもマヤ言語を喋ってマヤの宗教を信仰している人たちがいるとのことだ。 それはそれでびっくりだが、このように奥深いジャングルであればまだ人と接触したことのない、或いはほとんど接触しない部族がいても不思議ではないと思った。
この夫婦はメキシコシティで先生をしているとのことで、妻の方は社会の先生のこと。 道理で、教養のある顔つきをしているわけだと思った。 ここメキシコでは人によってかなり顔つきが違うので興味深い。
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バランク遺跡(Balamku)
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そして次の、最後の目的地であるバランク遺跡(Balamku)へと向かう。既に4時半に近づいている。閉じるのが5時までとのことなので、それまでに見学を終える。
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ここはピラミッドが見物ではなく、ジャガーのレリーフが有名だとか。でも、説明がスペイン語でよくわからなかった・・・。 何やらかっこいい気がしなくもないマークはいろいろ飾られていたが。
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そして、日も暮れ始め、カンペチェへと戻る。
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5時に出発して約4時間の行程だ。行きと同じ道を、暗くなった中、進んでいく。
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途中に休憩を挟んでいるときに少し雑談になったが、後で乗り込んだ女性もメキシコシティに在住しているという。
そこで、メキシコシティの治安について聞いてみたら、確かにトラブルはあるので、誰も信じず、あらかじめ注意して行動すべき。ただ、それでは旅が面白くないので楽しんで! とのことだ。 それと、トラブルになったときにもし望むならメールアドレスを教えるとのことだが、どうやら私がメキシコシティにいる日は彼女はカンクンにいるとのことだった。タイミングが合わないのでしょうがない。 それと、地方の治安についても聞いてみた。 今までトラブルに私は合っていないが、地方のバスに乗ると銃を持っている人が乗ってきて金品を奪われるのは本当かと聞いてみたら、それも本当だという。 うーむ。 どうやら、彼女が言うには、私は今まで運が良かったようだ。 ただ、そうは言うものの、どうやら私は今まで良い人にばかり会えてきたようで、帰国までそれが続くことを願っている、とも言ってくれた。 ありがとう。(苦笑) 付け加えると、ほとんどの人はいい人だが、一部、狂った人がいることは確かだ。だから、前もって注意して、とのようなことを言っていた。
なるほど。メキシコは今まで快適で楽しいところだと思っていましたが、トラブルに会うときは一気に会うと言うことか。 トラブルさえなければ食べ物も人も遺跡も素晴らしいところなので、帰国まで気をつけなくては。
そして、車はようやくカンペチェにたどり着く。9時少し前になっていた。皆を降ろした後、私は1等のバスターミナルで降ろしてもらい、ツアー解散となった。
そして、早速今夜のベラクルス(Veracruz)行き夜行バスを取ろうとするが、なんと、満席とのことだ。やられた。さすがに出発1時間前はまずかったか。クリスマスシーズンでもあるし。代わりに、途中の経由地であるビジャエルモッサ(Villahermosa)行きチケットを取る。 そして出発を待っていたが、どうやら出発が遅れている? 約1時間遅れでようやく出発する。4時半頃に到着の予定だ。ここでなるべく仮眠する。
カンペチェを出発し、何度か目が覚めたが、ビジャエルモッサ(Villahermosa)に時間通り到着した。出発が遅れたにもかかわらず時間通りということはある程度時間に余裕を持たせているということか。 時間が早いせいか、ホームに旅行者の姿が少ない。
そして、ここで次のバスチケットを買う。ベラクルス行きだ。出発時刻はちょうど今くらいだが、どうやら遅れているようだ。再度1時間くらい待つ。 このターミナルは場所が2つに分かれていて、高級チケットが出ると思われる3~4台しか止まれないところと、それ以上にバスが止まっていて、メキシコ人らしき人がわんさかと止まっている方だ。
案内の人もどこに私のバスが止まるかわからないらしく、機械で見ると遅れているようなので少しここで待て、のような仕草をしてくる。 しかし、この場所に止まるかどうかの保証はないので、ホームの端から端まで何度も行き来して自分のバスを探す。
すると、45分ほど出発時間を遅れたところで、私の乗る番号のバスが止まっているのを発見した。 奥の方で目立たず、探しにいかなくてはわからなかったところだ。
そして乗ろうとしたが、運転手がちょっと待てという。 人が降りて荷物も降ろした後、運転手が一旦バスの扉を降りて、なにやら後ろの駐車場に一旦下がる。 ガソリンを入れている? 遠くでよくわからない。 そして、再度同じあたりに戻ってきて、運転手がちょっと留守をしているうちに、チケットの確認もせずに現地人らしき人が大勢どばっと乗り込んだ。 おいおい。 本当にチケットを持っているのか・・・? 運転手が戻ってきた後に私はチケットを見せ、運転手が持っている紙にチェックをしてもらった後に乗り込んだ。 座席のトラブルは出ていないようなので、きっとチケットを持っていたのだと思うが、その時乗り込んだ大勢のチケットを運転手がチェックすることはなかった。 そういうものか・・・。
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そして、車は動き出す。 私が最初待っていたホームの方に止まることはなく、そのまま出発する。 名簿を見て確認した上での発射と思いたいが、全員乗っていなくても時間過ぎたら出発してしまわなかったのかどうか不安もちょっとあった。 まあ、今回のように探し回った結果うまく乗れたのでひとまずOKである。
そしてバスは5時頃出発するが、ガイドブックによると6~7時間とのことだが、このバスの到着時間は14時半なので9時間半を予定していた。 何やら遅くないか・・・ と思っていましたが、なんとなく、ローカルの駅に何度か止まっていたのでそれで遅いような気がした。 乗っている人も現地の人が多いように思えたし、旅行者は私を含め少数に思えた。
しかし、その分ゆっくりと景色を見ることができたのでひとまずOKである。 私の席は日除けのための模様が入っていたので写真はないが、湖の横を通り過ぎたり、森の中を抜けたり、なかなかいい景色だった。
そして到着まであと少しというとき、警官らしきセキュリティスタッフが入り込んできて、外国人の私に対してパスポートチェックとビザチェック、それと行き先アンケートをしてきた。スペイン語は喋れないが、英語で簡単に説明してOKとなった。 たまにはこういうのも面白いな。
そしてやがて、バスはベラクルスに到着。長かった。
バスに乗っている間、ここで今夜泊まることも考えたが、日程を半日ずつずらし、明日の午前にエルタヒン観光、午後にメキシコシティ移動とすれば1日空くのでタスコあたりを観光できると思いついた。それに、エルタヒンは数時間で観光できるということもある。
当初は、28日一日丸ごとエルタヒンで29日にメキシコシティ移動、30日にテオティワカン、31日にメキシコシティ内の博物館等を考えていたが、28日のAMエルタヒン、PMメキシコシティ移動、29日テオティワカン、30日タスコ、31日メキシコシティ内の博物館等としたい。
いい感じになってきた。
そういうわけで、今日中にエルタヒン近郊の町に移動します。
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パパントラ(Papantla)或いはポサリカ(poza Rica)のどちらかに移動しようとしたが、パパントラ行きはないと言われ、ポサリカ行きが15分後に出ているようなのでそれにしました。値段が高いな・・・ と思ったが、どうやらそれは今まで使ってきたADOではなくUNO社のものであるようだ。 ガイドブックにはADOが日に9本出ているとあるので、どうやら私が並んだのはUNOのカウンターであったようだ? 英語でUNOカウンターとは書いてないが、スペイン語で何か書いてあるのかもしれない。でも、UNOという文字すらないが・・・。謎だ。 まあ、ひとまずポサリカまではすぐにバスが出るようなので、それを買い、すぐに乗り込む。たしか336ペソくらいだったか。ADOが170ペソなので2倍近い。 でも、乗り込むときにサンドイッチと飲み物をくれたし、席は3列で足置きもある。ブランケットと枕とアイマスクと耳栓、イヤホンおよびおしぼりまで付いてきた。これがいわゆる"デラックス"バスというやつか。なるほど。
今まで長距離移動に疲れてきたのでちょうどいいかもしれない。2時半に出発し、4時間半である7時に到着する。これだけ乗って席が快適でこの値段ならばまあ良いか、と思った。
そしてポサリカ到着ですが、ターミナルに入る前に窓のカーテンを開け、外を見てみた。 何やら雰囲気が危ない・・・。 最悪というほどではないが、子供が新聞や食べ物のかごを持って車の窓に売り込みにしている姿が、いわゆるテレビで見る"貧困のメキシコ"を彷彿させるものだった。 道も汚いし、歩いている人の雰囲気も微妙だ。 それに加え、私がもう1つ持ってきた別のガイドブック、英語版のROUGH GUIDEでポサリカのページをバス内であらかじめ確認したところ、驚くべき記述が。 地球の歩き方には、単に"見るべきものはなく、バスの乗り換え地としては便利"とだけしか書いてなかったのだが、ROUGH GUIDEには"楽しいことは何もない。退屈で、かつてオイル・ブームに沸いた町。そして暴力で有名な町だ。ここに滞在しない方が良い。" と書いてある。 おいおい。 そんなのを読んだ後だから、この車窓から見た子供たちおよび通行人の姿を見たら、こんな町に滞在しては危ないと一瞬で考えが変わった。 さっきまでこの町で一泊しようとしていたが、ここは1等バスターミナルであるし、このままチケットを買ってパパントラに移動しようと思った。 そしてチケット売場に行ってみると、なんと、次の便もそのまた次の便も満席で、23時まで待たないといけないという。
これには私もあきらめがつき、仕方がないのでこの町で一泊することにしました。 気が進まないが。 暗くなっているし、初めての町であるし、危ないと書いてあるし・・・。
先ほど車窓から外を眺めたとき、バスターミナル周辺にホテルがないかと見渡したが、特にそれらしきものがなかった。 なので、まず、町の中心であるソカロに行こうと思い、まずバスターミナルに地図或いは観光案内がないか探し、ホテル案内のようなものも全くなかったので、あきらめ、タクシーでソカロに向かうことにする。 タクシーも危険かもしれないが、どこにソカロがあるかわからないのに歩いてホテルを探すのはもっと危険である。
タクシーの運転手にソカロまでいくらか聞くと、15ペソという。 おいおい。 安くないか? それって誘拐込みの値段じゃないのかな・・・。 でも、覚悟を決めて乗り込む。 結局、運がよかったのか何ともなく、ソカロにたどり着いた。
お釣りをもらおうとしたが、いくらかはチップでもらいたいかのそぶりなので20ペソを渡す。
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そしてソカロに降り立つが、雰囲気が何かおかしい・・・。 ROUGH GUIDEに"退屈"との一言が書いてあったが、ソカロを見るとそれがよくわかる。 この町、ちょっとやばい。 最悪ではないが、安全ではない。
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写真を何枚か取ったが、バスの中にずっといて冷えていたようで、レンズが曇ってしまっている。
そして、周囲を見渡すが、ホテルらしきものが見あたらない。
ソカロの角をぐるりと回ってみると、賑やかな方角の遙か向こうにホテルの看板が見える。 ほっ。
早歩きで、度々後ろを確かめつつ歩く。
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そして、マーケットらしきところを越え、ホテルまでたどり着く。
そして値段を聞いてみたが、約900ペソ。高すぎ。 確かにフロントはちょっと豪華かもしれないが、900ペソの価値はない。 ディスカウントはできないという。 仕方がないのでもう少し探してみる。 これが後悔することにならなければいいのだが、と思いつつ・・・。
近くで見つけたもう1つのホテルは約700ペソこれまた高すぎ。
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そして更に歩き、雰囲気がやばくなってきたな・・・ どうしようかな・・・ と思って、大通りからなるべく離れないように探したところ、Hotel Principal というところが約260ペソで泊まれるようなのでここに決めた。 ほっ。 助かった。
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そして部屋に行き、ようやく落ち着く。 バスルームの電球がつかなかったが、フロントまで行ってスペイン語会話本を指さして電球を変えてもらう。 フロントの人が英語できないから安いのかもしれないな。 廊下にもメキシコ人らしき人が大勢見かけたし。
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そして少しだけ外に行き、明日の朝食用のパンを購入。そしてホテル前にあるレストランでようやく夕食を食べる。 ほっ。 今日初めてのまともな食事だ。
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そして近くの薬局でバンドエイドを買う。 というのも、バスの中で何がきっかけかわからないが右の小指を切ってしまっていたからだ。 危ない。 これでかなり安心だ。 まあ、ほとんど血は止まったのですが、バンドエイドを持っていると安心できる。
そしてホテルに戻る。
ようやく布団で眠ることができる。
明日はエルタヒン(El Tajin)を午前中に見て、午後はメキシコシティに移動だ。
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エルタヒン(El Tajin)、ボラドーレス(Voladores)
ポサリカ(Poza Rica)からエルタヒン(El Tajin)へ
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今日はエルタヒン(El Tajin)観光の日だ。 期待してもいいだろうか。これだけのために先日はビジャエルモッサ(Villahermosa)、ベラクルス(Veracruz)、ポサリカ(Poza Rica)とはるばる移動してきたのだから。
エルタヒンは9時から開くようなのであまり早く起きてもしょうがないと思い、7時ごろまでうとうとし、先日買ったパンをかじった後にチェックアウト。フロントの人に聞いたバス停に向かった。
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朝、町中を歩いてみると先日の夜に感じたような危険な感じは全くない。 やはり町には明るい時間に着くべきだとつくづく思った。 実際、夕べと今朝、違うフロントの人にそれぞれ聞いたのだが、夕べのフロントの人が言うには2ブロック先を右に曲がったところ。今朝の人は2ブロック先のすぐ先にバス停があるようなことを教えてくれた。 右に少し進むかどうかのニュアンスは違うが、方向的には合っているようだ。
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とりあえず2ブロック先に行くと、何やらバス停のようなものが見えた。これか? 今朝の人は地図も書いてくれたので、ここがそこであるように思える。 夕べのおじさんが言っていたことは何だろう? と思い、右に曲がるとバス停はあるのか??? と見渡したがそれらしきものがない。
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ガイドブックにはパパントラ行きに乗ればいいとだけ書いてあるのでそれを探す。パパントラ行きとは書いてなかったが、停車してきた何台かのバスにとりあえず聞いてみると、最初の人は"あっちのバスだ"と指さし、もう1台のバスに聞いてみると、"ここではない。そっちに進んでから大きく左に曲がれ"と教えてくれた。 うーむ。 まあ、とりあえずそっち行ってみるか・・・ と思い、歩いてみる。
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夕べのフロントの人も、再度左に曲がるようなことは言っていなかったが・・・。しかも、場所的に今朝の地図とは全く違う。 目の前を見ると、何やらリュックをしょった家族連れがいたので、きっとバス停に向かっているのだろうという希望的推測をして後をついて行く。
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すると、少し進んだ先に、何やら2等らしきバスステーションが現れた。 ここか。 チケットを買おう・・・ と思ったが、チケット売場がない。(苦笑)
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ぐるりぐるりするが、どこに乗ればいいのかわからない。
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困ったな・・・ と思い、何やらチケット売場なのか案内所なのかよくわからない小さな机に座っているおじさんに聞いてみると、あっちだと指さす。 指さしじゃわからん・・・。 と思いつつも、とにかくパパントラ行きを探す。
すると、何やら制服らしきものを着たおじさんが、エルヒタン? ここで待て、と言ってきた。 ふと気付くと、どうやらそのおじさんは時刻表のようなものを手に持っており、バスを仕切っているように見えなくもない。
まあ、従うか・・・ と思い、そこで待つ。
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しかし、ガイドブックには15~20分おきに出ていると書いてあるのにも関わらず、30分待ってもまだ来ない。そしてようやくパパントラ行きが来たかと思ったら、すぐにドアを閉めてしまった。誰かが乗ろうとしたら"少し待て"のようなニュアンスをしてきた。このバスかな??? そんなこんなで、うーむ・・・ と思いつつ待っていると、何やらおばさんと子供が話しかけてきた。 そして、あっちだ、あっちだと言ってくる。 何のことだ・・・。 子供が、こっちについてこいと言うので着いてくると、道路脇まで行き、あっちだあっちだと言う。 訳分からんが、とにかく行ってみることに。 チップを10ペソ渡そうとしたが、いらないという仕草をされた。ふむ。そういうこともあるのですね。
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そして言われた方に行ってみると、まず、そこにバス停らしき人だかりが。 日本のようにバス停の標識はないが、バスを待っている人だかりがある。 どこ行きなのか全く分からん・・・。 あの子供は、その先の方を指さしていた気がするので、交差点まで移動して、交差点から指さした方向に歩いてみる。 しかし、50mほど移動してもバス停らしきものがない。
ちょうどそこで運転手を尋問していた警察官がいたので聞いてみると、こっちにはバス停はないから、あっちだと言う。 元の方か・・・ と思い、結局は元のところまで戻ってくる。 何だったのだ・・・。 もう・・・。
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| バス停? |
そして元のところに戻ってみると、先ほど入ってきたパパントラ行きが乗車受付を行っていた。 早速中に入ってエルタヒンに行くかどうか聞いてみると、行くという。料金は10ペソだ。 ふう。 ようやく乗れた。 あのおばさんと子供は何だったのだ・・・。
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やがて、バスは出発する。 そして走り出すが、走ったすぐ後に、先ほど子供に案内された、通路向こうのバス停らしきところにも停車した。 どうやらあの子供はここのことを言っていたようだ。 もしかして、ここのターミナルから出発するもの以外にも、違う方面からこのバス停を通るものがあるのかもしれない。 が、まあ、もう乗れたのだから良いやと思い、ほっとする。
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あとは、ローカルバスだから強盗が乗ってこないことを祈るだけだ。 そしてやがてバスは30分弱走り、エルタヒンに到着した。 ふう。 宿を8時に出て、ここに着いたのが9時半。 近い割には随分と時間がかかった・・・。
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エルタヒン(El Tajin)
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入場手続きをしようとしたところ、どうやら今日は日曜日なので無料で入れるらしい。なるほど。 荷物を預かってもらい、中を見学する。
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入り口から通路を抜けると、遺跡が見えてきた。
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ここエルタヒンは球技場が10以上もあるため「古代球技の発祥地」とも言われているようだ。
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まず、アローヨ広場に行く。 思いのほか高さがない。 世界遺産の番組で見たときはもっと巨大なものだとばかり思っていましたが・・・。 やはり、形はテレビでわかっても、"大きさ" は実際に見てみないとはっきりわからない。
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アローヨ広場の次は、壁龕(へきがん)のピラミッドへと行く。 6~7世紀頃の建造物で、元々赤と青の色だったという。そして窓が365個あり、カレンダーとなっていたらしい。
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北球技場の周辺を見た後、東側を抜けらせん型の壁のところへ行く。その横では現地の人が何やら食べ物らしきものを売っており、現地の観光客はそれを買って食べたりしていた。 だが、私の手は伸びないものであるが・・・。 今日は無料の日なので現地の人もかなり大勢いる。
そして細い道を抜け、タチン・ヒコ広場の方に抜ける。
先ほどと同じように渦巻き模様の装飾がある。
また、マヤ・アーチと呼ばれている階段があった。
そして、高台に座って休む。
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ここで、ガイドブックもぱらぱらとめくってみる。 どうやらこの地方の雨期はとても激しい雨が降るようで、その雷や稲妻を示すものとして"タヒン(Tajin)"と呼ばれているようだ。"エル"はスペイン語の定冠詞なので本当の名前は"タヒン(Tajin)"ということになる。
私は今まで、今日の天気が曇りであることを運が悪かったと思っていましたが、そうではなく、実はこのずんぐりむっくりした天候こそがこの地方の特色であり、それが信仰の元となっていたことがわかった。 となれば、そういうものとして、この遺跡を、ずんぐりむっくりした天候の中で何かを求めた人々との対比で見ることにより、少し想像力を働かせることができた。 そういう想像もなかなか楽しいものだ。 今日の天気は、これはこれでOKとも言える。
そして、十分に休んだ後少しずつ戻り始める。
しかし、ふとガイドブックを見ると、どうやら南の球技場の周辺はまだ見ていないようなので戻りつつそちらにも行ってみる。
南の球技場のところに行ってみると、その壁にはレリーフが施されていた。 なかなか立派。
(後で写真を見ると、どれがどれだか記憶があいまいなので以下は写真のみ・・・)
そして壁龕(へきがん)のピラミッドの裏側へと回り込む。 こちらから壁龕(へきがん)のピラミッドを見ると階段がなくて全面に渦巻き模様の箱が見える。
こういった遺跡はメキシコの中でも珍しいらしい。
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そして元の道を戻り、帰途につく。
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出口に近づくと、今まで以上の人だかりが わっ とこちらに来るのが見えた。 団体さんだろうか・・・。 しかもメキシコ人らしき人がほとんどである。
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入り口付近にある小さな博物館を覗き込む。
ミニチュアがある。
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エルタヒン(El Tajin)のボラドーレス(Voladores)
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そして出口を出て、さてバスに乗ろうと思ったところ、ふと目の前の広場に人だかりができているのが見えた。
これは・・・ と思い段差になっているところに座ってみると、数分もしないうちに前から衣装を着た人が出てきた。 どうやら何かするようだ。
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広場の中心にはポールが立っていて、上には何やら回るようなものが見える。
ガイドブックによると、トトナカ人によるボラドーレス(Voladores、空飛ぶ人)の宗教儀式をショーにしたようなものらしい。
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下でぐるぐると回転しながら笛を吹き、そしてはやがて階段を上り始める。 さすがに支柱は鉄でできているが、昔は木でやっていたというのだからその危険度は並大抵のものではない。
上まで上り、4人が頭を下にしてぶら下がり、上に一人いて笛を吹いている。
そしてはやがて、頭を下にして下り始めた。
ぐるぐると回転しながら下に降りて来る。
下がってくるときは割とあっさりしたもので、するするっと下がってくるのだが、そう見えたとしても長年の鍛錬あってのものなのだろう。
最初に支柱に縄を巻き付け、それを逆に回転させながら少しずつ延ばしてゆく、という手順のようだ。 それにしてもこれは30m以上高さがあるようで、私ならば登っただけでふらふらになってしまいそうだ。
参加費として10ペソほど取られたが、これが見られたのならば十分である。
そしてやがては4人が地上に舞い降りる。 見事なものだ。
そして、ショーは終わりになる。 この最後のクライマックスに何かひとつパフォーマンスを付け加えれば良い終わり方なのに・・・ と思ったが、まあ、それはそれとして。
そして、来るとき降りた場所の周辺に向かう。
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さてどうしようか・・・ と思って、ふとタクシーに値段を聞いてみた。 ポサリカのADOバスターミナルまでの値段だ。 どうせバスで移動しても2等のバスステーションからADOバスターミナルまで数十ペソかけて移動しなくてはならないし、そろそろ旅の疲れが出てきてとっとと移動してしまいたい気分であったのだ。
すると、140ペソだという。英語は通じないので会話本や札を実際に見せつつコミュニケーションする。会話本の"もっと安くして"を見せると120ペソになったので、それでOKとする。 そもそも140ペソだとしてもリーズナブルかなと思ったが、とりあえず言ってみたら安くなった。まあ、たまにはこういう値切りもしてみないとね。
ポサリカまで30分ほど走るし、2等バスターミナルからADOバスターミナルまでも10分はかかるであろうから、まあ、妥当と言えば妥当である。 バスならば2等バスターミナルまで10ペソですが、来た時みたいにいつ来るかわからないし、今日中にメキシコシティに移動してしまいたかったということもあるので。
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そしてポサリカまでタクシーは走る。
飛ばして行くが、それでもやはりそれなりにかかる。
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ADOの出る1等ターミナルにようやく着き、切符を買いに行く。
すると、メキシコシティ行きは2時間以上後の14時45分発しか空いていないという。仕方がないのでそれを買うが、ADOの"GL"で約230ペソであり、とても安い。全て1等であるがその中にもグレードがあり、普通のADOがノーマルのエコノミーだとすると、GLはゆったり席のエコノミーで、先日乗ったUNOはビジネスクラス或いはファーストクラスといったところか。
今までずっとADOに乗ってきて、先日UNOに乗り、今日はADO GLに乗ることにより、ほとんど全てのクラスを制覇することができた。 なかなかラッキーだ。
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そして時間が来るまで、駅にあるレストランで食事をする。 しかし、頼んだエンチラーダス(Enchiladas)という食事がことのほかまずい・・・。 私はトルティーヤも好きではないからタコスなどトルティーヤ使った料理は全滅だし、他の家庭料理もあまり好きではない。 ただ、メキシコで食べる肉料理はとても好きだ。(苦笑) 明日からはステーキばかり食べようかな・・・ と思うようになる。
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そして席で座って本を読んでいるとレストランのスタッフのおねえさん(?)が話しかけてきた。向こうは英語があまり話せなくて、それでも何か言ってくる。 何やら、自分の名前と友人のを紙に書いて、その名前は日本語でなんと書くのか教えてくれ、ということのようだ。 それを教えてどうするのだろう・・・。 不思議な質問だった。 まあ、そのくらいはいいかと思い、ひらがなで発音の通り書いてあげた。
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そしてそろそろ時間になったのでホームに行ってみるが、時間になったのに出発しない。 バスも来ていない。 結局、30分ほど遅れて出発となった。 この ADO GL は、先日までの ADO と違い、荷物のセキュリティチェックや身体チェックがついていた。 それと、飲み物とイヤホンを配っていた。
そしてやがては出発するが、なかなかのんびりとした出発だ。パパントラから5.5時間なので、ポサリカからは5時間くらいかな・・・ と思っていましたが、それにしてもゆっくりだ。
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途中、何やら車がハザードランプを付けていることに気が付いた。 何だろう・・・ と思ったが、ここは山道であるし、気を付けなくてはいけないことがあるのかな・・・ と思っていると、途中で鉄骨を運んでいる超低速のトラクターを追い抜いた後は速度が速くなった。 これが原因だったのかな・・・ と思っていると、再度遅くなった。 再度ハザードが付いているのにも気付く。
何だろう・・・ と思っていると、ふと、道の端で燃えている車を追い抜いた。 追い抜く瞬間、バスの中にまで熱さが伝わってくるほどの激しい燃えだ。 これが原因だったのか。
そしてやがては車両のスピードも上がり、バスはメキシコシティを目指す。 しかし、ビデオが全部終わってしまった後もバスは走り続け、結局10時近くなって到着した。5時間の予定が7時間である。 まあ、このくらいは誤差か・・・。
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メキシコ・シティの北ターミナル到着
北ターミナルに着いてみると、その大きさにはびっくりした。国際線となるバスも書いてある。ここからアメリカまでバスで移動するのか・・・? スケールが違うな・・・。 その距離だと飛行機を使うものとばかり思っていましたが、確かに、値段と時間のトレードオフなのでバスという手もありかもしれないな。
ターミナル内はさほど危険と感じなかったが、外はあまり出たくない雰囲気である。 でも、ポサリカほどではないかもしれない。 やばいにはやばいので出たくないところであるが。
そして、もう遅いしメトロ移動もしたくないので、ガイドブックに載っている、"北方面バスターミナルから5分"とあったホテル・ブラシリア(Brasilia)に行ってみる。 行ってみると、そのフロントを見る限り、
400ペソというその値段以上に設備は良いように感じられる。チェックインし、部屋を見てみるが、やはり設備もよかった。
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これはかなり気に入った。 さすがにソカロやチャプルテペック公園方面を観光するには遠くて不便ですが、北方面ということであれば今後もこのホテルを利用したいくらい気に入った。 そのくらい落ち着ける。 難点を言えば、エアコンの設定が少し寒いくらいか。
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フロントの階に行き、閉まる前にレストランにも行ってみる。
ここで食べたステーキもこれまたおいしい・・・。 また食べたくなってしまう。 これを食べるがためにここにもう1泊しようかという考えすら頭によぎってしまった。 どうせ明日はテオティワカンに行って北ターミナルに戻ってくるのであるし。
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そして食事も終え、部屋に戻る。 それにしてもだるい。高地だからか、風邪の引き始めなのか、それとも疲れが出たのか、のども少し痛いし、頭も少しぼおっとする。 思考力が働かない。 早く寝たい気分だ。
シャワーを浴び、身支度をしてから布団に入る。
さて、明日はテオティワカンだが、唯一心配なのが天気だ。今日みたいに曇っていなければいいのだが・・・。
メキシコシティからテオティワカン(Teotihuacan)へ
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朝、起きてみるとやはり頭がぼおっとしている。 どうやら風邪および高山病にはかかっていないようだ。さすがに標高2000mちょっとで高山病になってしまうのは体が弱すぎるし、もっと高いペルーのクスコやチベットも断念しなくてはならなくなってしまう。 今回は、そのペルーの秘薬であるマカの錠剤をいくつか持ってきており、それを飲んでいたがために体力的にもったということもあるかもしれない。
(注:この時は体調に問題はないと思っていましたが、後で思い起こすと軽い高山病だったのかもしれない)
まあ、ともかく、用心するに越したことはないが、それでも、まだ頭がぼおっとしていることには変わりがない。 さて、どうしようか・・・ と思い、ガイドブックを眺めてみる。 今日の天気が一番の心配で、もし曇りならば先に国立人類博物館に行こうかとも考えた。
しかし、ふとかけていたテレビのテロップに、メキシコは晴れ、との表示が出た。 外はまだ薄暗く、天気はまだよくわからない。 それと、ふと気付くと国立人類博物館は月曜日休館なので、もう仕方なく今日はテオティワカン(Teotihuacan)に行くこととなった。
もう1泊延長しようかな・・・ と思ったが、何時に戻るかわからないし、早い時間に戻ってきたらタスコに移動してもいいな・・・ と思っていた。
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そしてチェックアウトを済ませ、北ターミナルへと向かう。
やはり、夕べと比べ朝は危険な雰囲気がほとんどない。
いちおう背後には気を付け、ターミナルへは無事到着。
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北ターミナルに入り、チケット売場を探す。
ガイドブックにはADOが出しているとあったのでADOチケット売場に行ってみたが、いわく、7番ゲートのところで買うという。うーむ・・・ と思って行ってみると、7番ゲートのところにはいくつもチケットブースがあってどれかわからない。 聞いてみると、向こうだ、向こうだ、と次々に回され、やがては7番じゃなくて8番だ、と言ってきた。
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そして8番に行ってみると、ようやくチケット売場を発見した。約10分後の8時発で31ペソとのこと。安い。 往復と入場料を含めても100ペソちょっと(1000円前後)にしかならない。 現地ツアーを申し込んだ場合、日本語ガイドでUS65$、英語ガイドでUS30$のような値段とガイドブックに書いてあるので、この差額がガイド料金ということになる。 まあ、この値段なら英語ガイドのツアーにしても良かったかな・・・ と思ったが、ゆっくり回りたかったし、ガイドなしでも問題ないと判断した。
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そしてバスは走り出す。
街中は、物売りの少年をたくさん見た・・・。
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こんなに若くしてもう働いているとは、複雑な心境である。
ただ、この道はおそらくマシな方なのだろう。 十数年前に行ったことのある人の話では、車を止めると子供が回りを覆い尽くしたと言っていたから。
そしてバスは高速道路のようなところに入り、順調に走ってゆく。
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そしてバスは約1時間走り、テオティワカン入り口で停車した。
降りる場所に多少不安があったが、運転手も、或いは、周囲の乗客も、私が目立つ旅行者だからか、ここだ、ここだ、と言ってきてくれた。 それに、前方を見ていると、遠くにピラミッドらしきものが見えるのでそれとはっきりわかる。
おそらく、途中で降りようとしても運転手に止められる雰囲気もあったので、そうそう間違えることはない場所だと思った。
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テオティワカン(Teotihuacan)
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そして入場口でチケットを買い、中に入る。
中は、想像以上に広い。
広いとは聞いていたし、大きいとも聞いていた。
写真で見ても広そうだと思っていましたが、来てみると、やはり大きかった。 この"大きさ"はやはり実際に来てみないと分かりづらい。
まだ9時なので人も少ない。 ツアー客もまだ来ていないようだ。 いい感じである。
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ガイドブックを見ると、バス停が南北2つあるように書いてあるが、バスは南西にあるバス停に停車したようだ。 中に入るとまず正面にケツァルコアトルの神殿(Teplo de Quezalcoati)があったが、太陽の方角的に逆光となっているので、ここは帰りがけに見ることとし、まずは太陽のピラミッドおよび月のピラミッド方面に、死者の道を歩き出した。
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それにしても広い。 北ターミナルで朝食を食べようと思っていましたが結局食べなかったのでぺこぺこである。 ゆっくり歩きながら、少しずつ月のピラミッドおよび太陽のピラミッドに近づいて行く。
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太陽のピラミッドに近づいたとき、さてどうしようかと思ったが、まず地図にある La Gruta というレストランで食事をしようと思った。太陽のピラミッドの南を抜け、レストランに向かう。
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それにしても、敷地が広いので、ちょっと移動するだけでくたくたである。 疲れているから食事したいのに、食事をするために更にくたくたになってしまう。(苦笑)
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そして太陽のピラミッドの南を抜け、駐車場の方に出ようとすると、そこにシティオ博物館があることに気が付いた。 ここに来なかったらきっと気付かずに入らなかっただろうな・・・ という場所だ。 食事後に立ち寄ることにする。
そして駐車場に一旦出て、レストランの方に向かう。
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レストランはどこだ・・・ と思ったが、ふと見つけた看板に500mという表示が。
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おいおい。 更に500mも歩かせるのか・・・
と思ったが、実際はそれほどなく、せいぜい100mだった。
海外のこういう看板は、500mと書いてあったら実際には1kmというのがざらにあったため、今回もきっとそういうおちだろうと思っていたのだが、逆に短いなどというのはとても珍しい。
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そして近づいてみると、なにやら洞窟の中に席があるのが見える・・・。
もちろん外にも席があるが、洞窟の中のレストランはちょっと新鮮だ。
もしかして、ひんやりとしていて気持ちが良いのだろうか?
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入り口まで来たが、どうやら門が十分に開いていない・・・。 そこにいるスタッフに聞いてみると、11時に開くという。 うーむ。まだ1時間以上もある。
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仕方がないので戻ことにする。その途中、ふと見ると駐車場に入る手前にある屋台で誰かが何かを食べている姿が見える。
ここで食べるか・・・ と腹を決め、何があるのか聞いてみる。 すると、焼き肉のようなものもできるらしい。カルネ・アサダ・アラ・ケンピケーナとガイドブックにはある。
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それを頼み、あまり期待せずに待っていると、案外きちんとした食事が出来てきた。 お皿やスプーンの衛生は少し心配だが、食事の盛りつけから見ても、案外ちゃんとしている屋台のように感じられた。
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そしてそれを食べ、ようやく少し体力を回復させる。 そして再度中に入る。
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まず、先ほど見つけたシティオ博物館に行ってみる。
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この中では遺跡の歴史や、遺跡のミニチュアが飾られたりしていた。
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ミニチュアがある。
外が明るすぎて写真がうまく写らないほどだ。
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死者のコーナーは不気味ですが、生死感と文化とは密接に関係しているので重要だ。 そして各種の彫像を見て、外に出る。
ようやく、太陽のピラミッドだ。 ここに登ることにする。 高さ65mでこの遺跡最大。 この中には、覆い被さるようにもう1つピラミッドが眠っているらしい。
太陽のピラミッドからは、月のピラミッドをとてもよく眺めることができる。 いい景色だ。
月のピラミッドだけでなく、ケツァルコアトルの神殿の方角も遙か遠くまで眺めることができる。
今まで通ってきた道もずっと見える。 |
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そして、太陽のピラミッドでゆっくりした後、月のピラミッドへと向かう。 狙い通り、時間を十分にかけたおかげで太陽の日が昇ってきた。 これで、月のピラミッドから太陽のピラミッドを見たときに影だけでなく多少は光がかかっている面を月のピラミッドから眺めることができる。
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月のピラミッドに行く途中、死者の道の横にジャガーの絵が壁に描かれていた。
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そして、月のピラミッドに登る時刻をなるべく遅らせるため、まず最初に月の広場横にあるケツァルパパロトルの宮殿に行ってみることにしました。
と、いうのも、今はこちら側から見たときに太陽のピラミッドが太陽の影になっており、もう少し待った方が良いと思ったからだ。
ケツァルパパロトルの宮殿は、壁にケツァルパパロトルが掘られており、その目や飾りに黒い石(ヒスイ????黒曜石?)が使われている。後で気付いたが、どうやら私はジャガーの宮殿へ行き損ねたらしい。残念。
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そこを出て、いよいよ月のピラミッドに登る。
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ガイドブックにはここが一番景色の良いところと書いてあったが、どうやら、現在は中段までしか登ることができず、最上位から見ることができないようだ。
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登ることができない階段。
登坂禁止になっている。
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月のピラミッドから太陽のピラミッドを見る。
上から見れないにせよ、これでも十分よい景色である。
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ここでゆっくりした後、少しずつ戻り始める。
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ゆっくりしている間、明日からの予定を考えていた。 既に12時は過ぎていて、当初考えていたタスコ行きは慌ただしいような気がしてきた。ガイドブックには3時間と書いてあったが、今までの移動において予定時間を遅れることがほとんどである。となると、タスコ滞在も慌ただしいものになるであろうし、ガイドブックを見ると、国立人類学博物館だけでなくその他にも見所はあるようなので、明日は国立人類学博物館を見て、明後日はその他、町中を少しぶらついていくつかポイントを巡るようにしようと思った。 明後日の夜は大晦日なので、こちらではニューイヤーのカウントダウンも行われるであろうから、それに参加してから帰るようにしたい。
31日の昼間に仮眠を取って、31日の夕方からずっと起きていてカウントダウンに参加し、3時ごろに空港に移動し、早朝便に乗って帰国する予定だ。
そのためにも、少なくとも明日と明後日のホテルは同じところとしたくて、更には、ちょっと良いところにしたいと思った。 問題は今日のホテルをどうするかだが・・・。 とりあえず、明日と明後日のホテルを予約することを最優先で考え、特に決まらなければ昨日と同じホテルに再度泊まろうと思う。
そんなこんな考えつつ、少しずつ元来た道を戻る。
それにしても広い。 帰るにも一苦労だ。
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道端にはお土産屋が多くある。
中にはしつこい人もいて、かなり高い値段を執拗に言ってくる人もいた。
おみやげ物屋の5倍近い値段で売りつけようとする人は押し売りに近かったがついにあきらめたようだ。 あたかも親切を装って同じくらいの高値で売ろうとする人もいた。
まあ、それであっても、アジアの悪質な詐欺師より落ち着いていて紳士的なので悪い印象は残らなかった。
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そして、朝見なかったケツァルコアトルの神殿に行く。 思惑通り、今の時間であれば光がこちらに当たっている。 いい感じだ。
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アステカの神々は太陽と月を作ったが、作った瞬間、二人の神が死んでしまい、太陽と月が止まったままだった。そしてそれを動かすために神或いは人間の生け贄がいる・・・。 というのがここの信仰のようだ。 二人の神が太陽と月を作るために使った場所が太陽のピラミッド、月のピラミッドだったのだとか。
そして、長かったテオティワカン滞在もこれで終わり。 メキシコシティに帰ることにする。
乗ったところと同じところまで出る。 駐車場を越え、チケット売場を越える。 そして、どこで待とうかと思ったが、案内所のおばさんに"赤い看板のところだ"と教えてもらい、そこで待つ。
案外来るのが早く、5分も待たないうちにバスが来た。乗り込み、行きと同じ31ペソを払う。 フロントパネルにはメキシコシティ・セントロと表示があったので北ターミナルではなくセントロ或いはソカロ付近に向かうのかな・・・ と思い乗っていたら、1時間後、行きで乗車した北ターミナルに到着した。 ふむ。 そういうものか。 或いは、その後また行くのか何なのか。 客はみな降りようとして、運転手も終点ぽい挙動をしていたので私も降りた。 セントロの土地勘もないのでここで降りたほうが安全だ。
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メキシコシティ・センチュリー ソナロッサ ホテル 宿泊
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無事北ターミナルに戻ってきたので、ここでホテル予約カウンターがないか見渡してみる。 中級以上のホテルは直接行くよりもホテルカウンターで予約した方がお得であるし、いくつものホテルを見比べることができるからだ。
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そしていくつか探してもらい、日本のガイドブックには書いていないホテルや、NHメキシコシティ、ホテル・センチュリー、などなど500~1400ペソ前後でいくつか探してもらった。 私はもともと明日と明後日の2泊のつもりだったが、いろいろ探してもらううちに、もういいやと思って3泊頼むことにしました。 それも、5つ星のNHメキシコシティが1400弱だったのでそこにしました。まあ、最後の3泊くらいいいだろう・・・。 と思って電話してもらうと、満室だと言う。 ううむ。 それではということで、その前にある同じく5つ星のホテル・センチュリーが850ペソほどだったのでそこにしてもらう。ガイドブックによると、部屋は広くない設備は新しく、規模は大きくないけれども5つ星ということだった。 税金付でこの値段ということなので、多少の割引もしてあるようだ。 更には、上の方の部屋をリクエストしたところ、19階が空いているが、詳しくはカウンターで再度言って欲しいとのこと。 景色も良さそうなので満足だ。
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探そうと思えば200~300ペソの部屋がいくらでも探せるここメキシコシティだが、やはり立地や設備、サービスを考えると値段を出す価値はあるように思う。それに、長期滞在するわけでもないのだから、短期滞在で少し値段が違っても大差ない。 出国日の前日は多少いいホテルで安心して過ごしたいということもある。
そして、前払いで決済し、その後、タクシーのチケットを購入してからホテルへと向かう。
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タクシーは危険だというが、ターミナルでチケットを購入して乗るものまで怖がっていたら何も出来ない。 それに、チケットを買った後に近くにいた係員に聞いてみたら、乗り場まで案内してくれた上に、乗ったタクシーの番号をチケットの半券に書き写してくれた。 何かあった際はこの番号を言うことにより取り締まる、ということのようだ。 なるほど。 ここまでしてくれてチップが10ペソ。 そしてタクシーはホテルへと向かう。
混雑した車道を抜け、ホテルにやがてたどり着く。 予想はしていたが、それほど新しい訳ではなさそうだ。でも、しっかりとした作りだということはわかる。 チェックインし、ようやく部屋でくつろぐ。 シャワーを浴び、疲れを取る。 今日は本当にふらふらだ。 やはり高地で歩き回ったせいだろうか。
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ベッドは清潔。
年代を感じるものの、部屋は大理石風で豪華である。
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窓から見える景色。
やはり高層ホテルは良い。
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そして、まだまともに昼食を食べていないので、すぐ近くにあるフォンダ・エルレフヒオというレストランに行く。 ステーキを頼んだつもりが違うものが出てきたが・・・ まあ、いいか・・・。 ここでもコロナ・ビールを楽しむ。
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新年のカウントダウン・ライブらしきステージを用意しているものも見えた。 これを見てから帰国だ。 なかなか楽しみだ。
そんな中、あたりが急に暗くなってきた。
さっきまで十分明るかったのに・・・。
暗くなると危ないので、ホテルに戻ることにする。
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ホテルからの眺め。
高層階からの夜の景色は良いものだ。
そして、いよいよ明日は国立人類学博物館である。
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朝、6時半に目が覚めるが、体調がことのほか悪い。夕べとほとんど変わっていない感じだ。 いつもは一晩寝ればある程度は回復するのですが、今日は回復していない。 鏡を見て自分の顔をのぞき込むと、目が充血していて、肌の張りも悪い。 頭がぼおっとしていて、喉も痛い。
ひとまず7時半まで更に寝た後、身支度を少しした後に朝食を食べに行く。ビュッフェ形式で70ペソ。ガイドブックには朝食込と書いてあったが私のプランには朝食は含まれていないので別途出す必要がある。 内容はというと、まあ、いたって普通。 あまり食欲がないのでパンとハムを少し食べ、ジュースや牛乳を飲んで早々に部屋に戻る。
そして、国立人類学博物館に出かけようとしたが、朝食を食べたのにも関わらず未だ頭がぼおっとし、喉も痛い。 思考力が下がっていて、"ホテルから出る"という指令を足に出さないため、ぼおっと部屋のベッドに腰掛けている私。 これは重傷だと思い、急遽、もう少し眠ることにしました。 海外に来て何もせずに部屋に寝ているなんてこれが初めてだ。 とはいえ、今回の旅行の目的はほとんど果たせているので、今日ここで倒れても全く問題ない。
動かない頭で、国立人類学博物館は明日行けばよいと思い、そのままベッドで眠りにつく。
そして約3時間後、12時近くになったら一度目が覚めた。頭のぼおっとした感じは少し収まっており、喉の調子も少しだけ良くなった。目の充血も少しだけ収まっている。 咳は少し出るものの、これならぎりぎり動けるかな・・・と思い、外に出かけることにする。
国立人類学博物館は明日行くこととし、今日はその近くにあるチャプルテペック城や動物園に行くことにする。
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ホテルを出て、道をチャプルテペック公園方面に歩き出す。頭が働いていないのでメトロやタクシーを使うという頭も働かない。地図で見た感じ、ホテルから近いだろうと思った印象に従い、道を歩いて行く。
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そして、途中でふと見つけたレストランで食事を取る。 食事を取って休んでいると、ようやく休まってきた。 なんとかなりそうだ。
そして再度、歩き出す。
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そしてチャプルテペック公園に入る。
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ふと見ると、セグウェイに乗った警官が!
ポーズまで取ってくれた。(笑)
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その入り口には、英雄少年記念塔がある。これは、1847年に終結したアメリカとの国境紛争においてメキシコシティで最後まで抵抗して戦った16~17歳の士官候補生を称えるもののようだ。彼らは今日「英雄的な少年たち」と呼ばれているようだ。
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そしてその横を抜け、チャプルテペック城に向かう。
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途中、荷物置場のロッカーが設置されてあり、そこにバッグは置いてゆく必要があるようだ。 ロッカー料は10ペソ。5ペソを2枚入れるタイプだ。 私は10ペソの両替を係員に頼んだついでにロッカーの鍵かけまでしてもらったが、最初失敗して、5ペソ戻ってこなくなった。係員はポケットから5ペソ取り出してそれを入れることにより鍵はかかったが、なんとまあ、そういうこともあるのだなと思った。よくあることなのだろうか。
そんなこんなで荷物を置いて身軽な体となり、チャプルテペック城に登って行く。
中は国立歴史博物館として公開されていて、遺跡や著名人の美術品および絵画が数多く飾られていた。
絵画は、たとえばメキシコ独立の戦いであったり、革命時の描画がされていた。 ただ、説明文がほとんどスペイン語で、英語の説明が書かれていなかったのでほとんど理解は進まない。
ここは旧大統領邸だったようで、メキシコ革命勃発時にディアス大統領が公邸として使用していたとのこと。
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そしてチャプルテペック城を出る。
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公園まで戻ってきたが、それにしてもくたくただ。
さすがに病んでいる体にはきつい。
その後、動物園にだけ行ってから帰ろうと思い、同じ公園内にある動物園に向かう。
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今日、ここはどうやら無料開放しているようで、入場料30ペソを払うことなく中に入ることができた。 このように離れた土地の動物園はその国の特色が出て面白い。
特に、プーマやレオパルド(?)等のチータ(?)系が目を引いた。 動物が生き生きとしていて格好良い。
そしてぐるぐる回っていると、閉館30分前ということで係員が通路を閉鎖し始めた。 ううむ。 なかなか気が早いな。 仕方がないが、ほとんど見られたのでよしとする。 アナコンダは見られなかったが・・・。
そして、人混みの中を出口まで移動し、メトロでホテル最寄りの駅まで移動します。
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メトロはスリの被害が多発しているとのことだったので気を付けていたのだが、幸いか、何事も起こらなかった。
友人は、大勢が両側から わわわわわーーー と押し掛けてきて、ドーンとぶつかった後に再度わわわわわーー と離れていき、その際に、前後ろ横の4つのポケットに分散して入れておいた小銭を全て取られたと言っていた。 だから、もしかしてそういうことがあるかな・・・ と思ったが、何事もなかった。
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年末だからか時間帯のせいか、車両内がそれなりに混んでいたのでそのような派手な手段を取る余裕もなかったのかもしれない。後は、壁を後ろにしてスリを未然に防止していたのが良かったのかもしれない。
ホームへと繋がる通路も、車両内も、そこにいる人も、ちょっと暗くてどんよりした雰囲気なので、きっと低所得層の利用が多いのだな・・・ という気もした。 いい服着た人もいたが、外で見るより、遙かに貧困者の割合が多かった。
たった十数分移動するだけなのに、神経は随分と疲れてしまった。 1回乗り換え、ホテル最寄りの駅に到着。
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そして、ホテル・センチュリーまで徒歩で移動。
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ようやくホテルに戻ってきて、落ち着くことができた。 これが5つ星ホテルだからいいものを、安宿であるならば帰ってきてからもどんよりした気分で過ごさなくてはならず、旅行気分も飛んでしまう。 やはりホテルは重要だ。 この年になったら安宿は次第に受け付けなくなってきてしまった。 田舎では仕方がないが、都会ではいいホテルに泊まりたい。 よくある"安宿に泊まって現地の人と交流を"とか言うのも、安宿に泊まっているような低階級の人には興味がないし。どうせコミュニケーションするなら上流階級だが、それには自分もいいホテルに泊まっていい服着ないと。 今回は5つ星とは言え少し古いホテルに滞在しているが、できればマリオットやフォーシーズンズ或いはシェラトンに泊まれるくらいの経済力をゆくゆくは付けていきたいものだと思う。
ホテルに帰ってみて、部屋で自分の額に手を当ててみるとぽっと暖かい。 やばい・・・。 まだ夕食を食べていないが、9時頃まで3時間ほど一休みすることにする。
そして、ふと目が覚めた2時間半後。 急に目が冴えた。 額はまだ少しだけ熱っぽいが、それでもかなり熱は引いたようだ。 ふう。よかった。 少しだけ元気が出てきたので、ホテルのレストランに夕食を食べに行く。 しかし、そこはビュッフェが開いており、注文が出来るか聞いてみたが、Noという。ステーキを指さしたからだろうか・・・。
まあ、それならそれと、先日行ったお店に再度行ってみることにする。 先日はビーフシチューが出てきたが、今度こそはステーキを食べたい。
ということで、フォンダ・エルレフヒオ(Fonda el Refuglo)に行く。今日は今まで飲んだことのないソル(Sol)というビールを頼む。しかし、どうやらコロナの方が口に合っているらしい。今回はメニューからではなく、ガイドブックの写真を見せて注文したのでステーキが来る筈・・・ と思ったら、先日と同じビーフシチューが出てきた。(苦笑) やられた。 今日は先日と違ってトルティーヤではなくご飯を頼んだところ、チャーハンのようなものが出てきた。ふむ。 これで全て合わせて220ペソ+15%チップで253ペソ(クレジットカード払い)。約2000円か。
そして店を出た後セブンイレブンに寄り、100%リンゴジュースを何本か買う。風邪の時にはリンゴジュースと決めているのだ。
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そしてホテルに戻る。 今日は大変な日だった・・・。 明日も大変になりそうだ。
メキシコ国立人類学博物館、メキシコシティ・ソカロ, カウントダウンライブ
メキシコ国立人類学博物館
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夕べは、寝付けない夜だった。
何故か急に息苦しくなってきて、エアコンのスイッチを入れると息が出来るようになり、そしてしばらくするとエアコンの風で寒くなるので止めると今度は息苦しくなる。 ひょっとして二酸化炭素の濃度でも上がっているのではないかと思うほどだ。 それほど大きくない部屋だが、一人しかいないのにそのようなことがあり得るのだろうか? 高地とはいえ・・・。 きっと、具合が悪かっただけなのだろうとは思うが。
そんなこんなで1時間おきくらいに目を覚ましつつ、ようやく朝になった。 すると、前日とは比べものにならないほど元気が良い。 ふうう・・・。 助かった。 とは言っても病み上がりなので元気は7~8割といったところか。
身支度をした後、フロントの階で朝食を食べる。
ビュッフェだが内容的には先日とほとんど変わりがないようだ。食事を済ませ、国立人類学博物館に行く準備をする。
9時に開くので、その少し前に出発する。
最初はタクシーに乗ろうと思ったが、場所的にすぐそこであるのにも関わらず料金表によると90ペソもかかるようなのでやめにしました。値段的にはどうってことないが、メトロが2ペソであることを考えるとこの値段差を享受するわけにもいかない。何かおちょくられているような値段だ。 でも、きっとこれが階級社会なのだろうということを再度思い知らされる。
すぐ近くのメトロに乗り、最寄りの駅に向かう。
それにしても、先日も体験したが、この貧乏っぽい人の群ときたら・・・。 幸いにして私に興味を持たず淡々と電車に乗っている人がほとんどであるので良かった。 ただ、ニヤニヤしたガキが数人こちらをちらりちらり見ていて、電車の乗り換えの際、ドアが空いたのを見計らって私の並んでいたドアに入ろうと近づいてきた。 危険度の予感としてはさほど高いものを感じなかったが、万が一のことを考え、さっと違うドアに移動してそちらから入った。 もしかしたら、スリの常習犯ということも考えられるし。
そんなこともあったが、とりあえず今回は無事に最寄り駅 Auditorio に着いた。
そこから国立人類学博物館まで歩く。 地図で見るとすぐそこだが、思いのほかブロックが長く、時間がかかる。
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中に入ると、まず1階が考古学フロアとして各文明について展示がされていた。
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第1室は企画展示みたいなもののようだ。
第2室は人類学入門として、人の起源がアフリカにあって・・・みたいな話。
第3室はアメリカの起源として、氷河期にシベリアの凍った氷を通って人がアメリカ大陸に入り込んだ、という話。
第4室は先古典期として、農耕栽培や文化発生にまつわる話。
第5室はテオティワカン。ここからいよいよメキシコの話になってくる。
第6室はトルテカ。トゥーラ遺跡やソチカルコ、カカシュトラなどの中央高原の遺跡について。
第7室はアステカ(メヒカ)。ここの目玉が"太陽の石(アステカ・カレンダー)"だ。 存在はもちろん知っていたが、その巨大さにはびっくりさせられる。 これほど大きなものだったのか。 直径3.6mと聞いてもピンと来ないが、目の前にするとその大きさが実感できる。 これは、アステカ帝国崩壊後はメキシコシティの中央公園付近に放置されていたのだが、現地の人々が礼拝するのを見てキリスト教の大司教が地中に埋めるよう指示したのだという。それを1790年に発掘し、今に至るとのことだ。 時代ごとに太陽が割り当てられており、現在は5番目「太陽トナティウ」の時代なのだとか。 同じフロアには、メキシコに滅ぼされる前のメキシコシティであるテノチティトランの復元図が飾られていたりした。 元々ここには湖があり、その中に建造された都市であるテノチティトランは、高い塔や神殿および建物が水中から飛び出るようにそびえ立ち、まるで幻想の世界であったとのことだ。 その復元模型も、その想像をかき立てるに十分である。
そして第8室はオアハカである。ここは今回スキップしたのでピンとくる展示ではなかった。 オアハカは、メキシコシティからグアマテラまで観光するときの通り道であるので、その際に見ようと思っている。 いつになるかわからないが。
第9室はメキシコ湾岸。 ここは巨大な人の顔が目に付いた。 これまた大きい。 何故にこれほど大きいのかと思われるほど大きい。 何故作られたのかも謎のままだという。
第10室はマヤ。今回立ち寄ったチチェン・イツァー遺跡にまつわるものやパレンケの王墓展示など、記憶が蘇ってくるものが多かった。
第11室は西部。ここは他の展示と比べると随分と前文明的な展示で、壁画が書かれていたり土器があったりするが、他の部屋に比べると文明が進んでいない印象を受けた。
第12室は北部。ここもまた文明が進んでいないという印象で、原始的な展示となっていた。
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太陽の石(アステカ・カレンダー)
そして2階に入る。
ここは、民族学フロアということで、現在も生き続けている各先住民俗の紹介となっている。 たとえばマヤは消えてなくなったものではなく、今でもマヤの人々は生き続けている。そのような紹介を行っているコーナー。
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そして、2階を一回りした後、博物館を出る。
売店でお土産を買おうと思ったが、いいなと思った"太陽の石をモチーフにした飾り板"が1000ペソ前後もすることにびっくりして手が出なかった。 せいぜい直径20cmくらいなのに・・・。 いくら何でも高すぎでしょう。
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メキシコシティ・ソカロ, カウントダウンライブ
メキシコ国立人類学博物館を見終わったので地下鉄の駅まで歩き、ソカロ周辺まで移動します。先日或いは今朝と比べてかなり混んでいるが、なんとか無事に移動できた。
そしてソカロに出ると、何やら催し物が沢山行われていて大変賑わっている。 まずソカロの中を歩き、そしてはテンプロ・マヨールというアステカ帝国の中央神殿跡の方に歩いて行く。
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途中、羽を付けた男らしい人たちが踊りを踊ってパフォーマンスしていた。狩猟民族のように猛々しい雰囲気を漂わせている。太鼓を叩いて輪を作り踊っているさまは、ショーとは言え、それ以上のものを感じる。 その周辺でおみやげ物を売っていたので、大人しそうなおばさんのところでいくつか物色し、太陽の石を形取っている置物を2つ買った。 2つで240ペソをおまけしてくれて220ペソ。 国立人類学博物館で買わなくてよかった・・・。
ふと見ると、踊りの合間に、部族の首長のようなかっこいいキリリとした男が、順番に並ぶ人たちに”祝福”(?)のような儀式を行っている。 煙を人々にかけて、それに対して人々は感謝をしているようだ。 |
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そしてテンプロ・マヨールに行くが、入らずとも横から眺められるようになっており、それを見る限り、わざわざ入ることもないな・・・ という気になった。 今まで散々遺跡を見てきたのだし、ここから眺めるだけで十分だ。
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そしてソカロに戻り、カテドラルの中に入る。 ここはメキシコを統括している教会とのことで、その大きさも一際。 1563年から1681年まで100年以上かけて作られたとのことだ。
このカテドラルの地にはもともとアステカの神であるケツァルコアトルの神殿があり、それを壊して教会が作られたとのことだ。 精神的支えを奪って支配しやすくするというのは侵略時の常套手段のようだ。
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そしてカテドラルを出てすぐ横にある国立宮殿に向かう。 この2階には壮大な壁画が描かれている。ここはメキシコ独立の舞台となった場所であり、9月15日の独立記念日には大統領がここに現れ「メキシコ万歳!独立万歳!」と叫び、ソカロに集まった市民と喜びを分かち合うという。
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そして国立宮殿を後にし、ホテルへと戻る。
再度メトロを使い、最寄り駅まで移動。
そして、ホテルに戻る前に食事を済ませる。今度こそ、店の看板にステーキが書いてあるお店だから間違いはないだろう。 そして、ようやくステーキを食べることができた。 ふう。 満足だ。
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そしてホテル近くにあるインスルヘンテス市場に立ち寄る。ここは入り口こそ小さいものの、中には100件以上の民芸品ショップが立ち並んでいる。 既にお土産は買ったので特に買うものもなかったが、ぶらぶらと歩いて楽しんだ。
その後ホテルに戻り、一旦仮眠した後10時ごろ目を覚ますようにする。
仮眠後、10時近くになり目を覚まし、身支度をする。 その後、外に出て、まずは夕食を食べようとしたが、フロントの人が言うにはどこも閉まっているという。新年カウントダウン・ライブはたしかに独立記念塔のところでやっているということなので、まだ新年には2時間ほどあるが、そちらに行ってみることに。 夜なのでカメラはホテルに置いていったが、警察が大勢で警備しており、入り口にはセキュリティチェックもあったので持って行ってもよかったかもしれない。 割と安全だった。
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そこで、前座のライブが1時間ほどで終わった後、あと40分で新年というところで Tigres?(Tigress? チグレス?)というバンドが入れ替わった。 タイガー(虎)のイメージが数回ディスプレイに流れたので、単語としてはそういう意味なのかな。 数十年にわたって活動しているバンドのようで、毎年アルバムを出しているようだ。 そこからいよいよ盛り上がりは加速する。
追記:後で調べると Los Tigres del Norte かもしれない。
ノリの良い曲がいくつも連続した後、残り5分で新年というところになって曲が一旦止まり、トークおよびカウントダウンに入る。 残り1分になり、残り20秒、10秒となるにつれて盛り上がりは最高潮に達する。 そして0秒となったときステージ背後および観客がいる柱などから数多くの花火が舞い散った。 量的にもかなりの花火で、周囲は熱狂に包まれていた。
私はこの2008年が私生活の切り替わりの年となっていて、数多くの変化があった。その締めくくりをこのような素晴らしいカウントダウン・ライブで締めくくることができて、思わず「2008年、ありがとう」のような気持ちになった。 その気持ちが伝わったのか、前にいた数人の白人女性(スペイン人?)がこちらを向いて、お互いにハグし合った。
そして花火は更に続く。10分ほど花火が続き、そしてはライブが再会する。 周囲は未だ熱狂に包まれている。 私は更に30分ほどその場を楽しみ、そしてはホテルに戻った。
身支度をし、早朝のフライトに備える。 そして、無事帰国。
今回は、今までで最高の旅となった。